抄録
癌性疼痛に対して硫酸モルヒネ徐放剤960mg/日を内服中の31歳女性に全身麻酔を施行した際, 術中覚醒を経験した. 前投薬に鎮静薬は用いず, 硫酸モルヒネは手術室入室3時間半前まで通常量を投与した. フェンタニル100μg, ドロペリドール2.5mg, プロポフォール80mg (1.86mg/kg)で麻酔を導入し, 入眠後ただちに亜酸化窒素60%, イソフルラン1%の吸入を開始し, 約4分後に気管挿管した. 麻酔維持には亜酸化窒素60%とイソフルラン0.4~1%を用いた. マスク換気, 気管挿管から覚醒に至るまでの術中管理に問題はなかったが, 翌日の回診時, 患者は気管内チューブを挿入された記憶があることを自発的に訴えた. 本症例と全く同じ麻酔導入を別の10名の患者で脳波モニタ装着下に行った結果, 挿管時の麻酔深度は十分と思われたにもかかわらず, 本症例では挿管時の記憶が存在したことより, 本症例にとっては導入時のプロポフォール量が不十分であり, プロポフォールに対して交叉耐性が生じていた可能性が考えられた. モルヒネ長期大量投与患者の全身麻酔ではオピオイド以外の麻酔薬に対する交叉耐性の存在をも念頭においた綿密な麻酔管理が必要である.