抄録
医学に関係する情報の社会的流通と医学研究倫理の関係について,三つの事例を取り上げて問題を提起する.薬物や新しい治療法の有効性を調べるには,人間を対象とする臨床試験が必要である.その場合,結果をどの時点でどのような形で公表するかが問題になる.第1の事例は,学問的成果が専門雑誌より先にマスコミに報道され混乱を起こしたフィジシァンズ・ヘルス・スタディを取り上げ,その経緯を紹介する.同じ薬物や同じ治療法に関して世界中で同様の研究が遂行されている.そして,個々の医学研究の結果には相互に矛盾するものがあり得る.そこで正しい結論を得るために総合評価(メタアナリシス)が有用であり,循環器疾患やがんの分野では新しい研究方法として多くの応用事例が公表されている.その際,肯定的な結果のみが公表されやすいという出版バイアスが問題になる.第2の事例として,出版バイアスと,それを避けるための手段でもある臨床試験の事前登録を紹介する.エイズの治療薬についての研究は,その重篤性と緊急性から,従来の研究方法・法的手続きに再検討を迫りつつある.第3の事例では,ある薬剤の認可の経緯を紹介し,主に臨床試験に関する問題提起を行う.