抄録
1990年代以降とくに顕著となった企業スポーツの危機は、従業員の一体感や凝集性を高めるための福利厚生施策の一環として誕生したという成立の経緯そのものにあり、その後企業の広告・宣伝の役割も付加されたり、あるいはCSR(企業の社会的責任)の観点から位置づけ直されたりするようになったとはいえ、それ自体、費用対効果の点から企業業績に左右される不安定性を内包するものであった。この企業スポーツの衰退は、それを有力な人的供給源とするプロスポーツの弱体化を招き、地域社会の疲弊を加速しかねない重大な問題である。それゆえに企業スポーツを個別の経営から自立させるために、地域を主体としたクラブチームへの移行やプロリーグへの発展が追求されてきたのであり、サッカーのJリーグと野球の独立リーグの誕生はその成果であった。しかし、それらがビジネスモデルとするべき日本のプロ野球は、最近一部に変化の動きはあるものの、長期にわたって「戦力の均衡」に基づく試合のダイナミズムを創出できなかったばかりか、企業経営としての自立性の欠如や権威主義的労使関係など多くの問題をかかえたままであった。
しかもわが国にあってプロスポーツ選手の法的地位は、他の先進諸国に比べ不安定であり、それが選手たちの職業としての安定性に深い影を落としている。むろんプロ野球選手の一部に特徴的な高額な年俸は、その高い身体能力とスキルに対する報酬ではあるが、その現役期間の短さを考慮すれば彼らにあっても選手生活の後の社会生活が問題であり、当然にもセカンドキャリアが重要となる。とりわけプロスポーツ選手に固有の専門スキルは、所属球団やクラブに限定されないいわば職業特殊的なものであり、一般企業に適用可能なスキルではないゆえにその緊要性は一層高い。この意味においてJリーグが先鞭をつけた選手に対するセカンドキャリア支援の試みは、注目に値する。 その上で看過してはならないことは、瞬時の決断力や高度な集中力あるいは克己心や耐久力、旺盛な行動力など、厳しい戦いの世界で培われたスポーツ選手のいわば人間力は、第二の職業世界においても確かな優位性をもつということである。今日、プロスポーツは、市場経済システムの猛威の果てに疲弊の度が一層深まっている地域社会の、コミュニティとしての再生を担う役割を期待されている。