2009年8月8日の早朝、北京のオリンピック公園で演出された太極拳大会は、「全民健身日」の開幕を世界に宣言するものであった。このことを報道した一部の中国のメディアは、オリンピック精神が中国人、とりわけ北京人の血液に深く浸透していると強調した。北京オリンピックは中国の大衆スポーツに火を点け、2009年は中国の「国民スポーツ元年」と称されるようになった。
北京オリンピックの影響はスポーツの分野に止まらず、2008年は中国が市民社会に向けて再出発する象徴的な年にもなった。拡張的な民族主義を煽ぐ『中国不高興』(不機嫌な中国)が売られる一方で、中国の世論形成に重要な影響力を持つ研究者はもちろんのこと、一般読者の間でも、この本の論調に対する批判がインターネットを舞台に繰り広げられた。多くの研究者はこの本に現れた世界認識と極端なナショナリズムの恐ろしさを指摘し、国際社会と協力しながら中国の未来を模索することの重要性を強調した。中国に健全な世論空間が生まれ始めている。
一応の豊かさを手に入れた人々は、中国社会が直面している格差の拡大、環境破壊、人権侵害などの問題にも関心を示すようになった。数百万個とも言われるNGOが中国社会の構造変動のなかで生まれた。オリンピック前後におけるこれらの組織の活躍は、伝統的な社会主義国家にありがちな「動員型」の愛国主義運動と違い、「自発的」な社会貢献であったため、中国に本格的な「公民社会」が到来したと宣言する研究者も多い。
北京オリンピックのキャッチフレーズは「同一個世界・同一個夢想One World, One Dream」であるが、このキャッチフレーズの背後で、激しい論争が繰り広げられていた。社会主義の中国が普遍的な価値を求める国際社会と共通の夢を追い求めることができるだろうか。活発な論争は、中国における言論空間の拡大を意味するもので、オリンピックが中国に与えた影響の大きさを象徴的に表している。
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