日本野生動物医学会誌
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特集論文
伝染病が野生動物個体群に及ぼす影響
甲斐 知恵子
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1997 年 2 巻 1 号 p. 13-17

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抄録

現代は史上かつてないほどの大量絶滅の時代といわれ, 多くの種が絶滅の危機に陥っている。種の絶滅は, 気象などの環境の変化, 動物種間の競合, 食物連鎖の変化など複数の要因が重なり合って起こると考えられている。それに加え伝染病の流行もその一つの原因と数えられる。近年, 野生動物の間で突然起こったウイルス感染症の流行を例として, 伝染病の流行が種の保存に与える影響, また流行の原因や人間の関与, 我々のなすべきことなどについて考察を行った。1980年代の終わりから, 海洋動物の大量の死亡例が相次いだ。北西ヨーロッパの海洋地帯でのゼニガタアザラシの大量の死亡, ついでシベリアのバイカルアザラシ, ネズミイルカ, マイルカと, 異なる種で同じような呼吸器症状や神経症状を示して死亡した例が相次いで発見された。これに対して病理学的, 免疫学的診断、ウイルスの分離, その後の分子生物学的検索など世界的な協力のもとに調査・研究が迅速に行われた。その結果, 原因ウイルスはイヌジステンパーウイルスに近縁で, 各々別の3種類の新種ウイルスであった。さらに, これまで発症例を見なかったライオンにもジステンパー感染症が起こった。このような新たなウイルスの出現や既知のウイルスの宿主域の拡大の原因は解明されていない。しかし, 海棲動物の例では環境変化によるウイルス保有動物が免疫力のない野生動物の生態系へ移動したこと, ライオンでは人間の飼い犬のウイルスがイヌ科動物を介して伝播した説が最も有力である。このようなウイルス感染症の流行による個体数の激減は, 人間が直接的・間接的に野生動物の生態系へ影響を与えた結果と考えられる。研究面からの貢献はもちろんのこと, 人間の地球環境への影響の問題や, 野生動物の伝染病流行が起きた場合の対策などは、今後の人類の重要検討課題と考える。

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© 1997 日本野生動物医学会
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