2000 年 5 巻 1 号 p. 37-43
日本沿岸に漂着した鯨類の病理学的検索結果に関する報告はほとんど無い。漂着個体の病理学的検索に必要な新鮮材料を採集するための方法やネットワークが日本においては確立されていないことがその原因の一要因である。一方, 海外では野生鯨類の疾病や死因に関する多数の報告がある。偶発的に魚網に絡まっての溺死(混獲)を除くと寄生虫性あるいは細菌性肺炎が野生個体の最も一般的な死因である。しかし, 陸生動物でも一般的に見られるこれらの疾患の背景にある病理発生は不明である。大気中の浮遊粒子状物質によって汚染された肺や肺門リンパ節を特徴とする炭粉沈着症が日本沿岸に漂着したいつくかの鯨類個体に最近認められた。海の哺乳類は陸と陸との間の広い海洋に生息し, 地球規模での物質の循環系の影響を受けている。化学的分析結果に加え, 病理学的検索の結果得られたこれらの動物に関する獣医学的情報は地球環境の実態を理解する上での重要な手がかりとなると思われる。