2026 年 76 巻 2 号 p. 53
当月の特集は,「震災アーカイブの持続的な継承」です。
地震,津波,原子力災害──日本は幾度となく大規模災害に直面してきました。災害多発国である日本にとって,災害の記憶と教訓をいかに残し,次世代へ伝えていくかは,避けて通れない課題です。震災アーカイブは,被災の実態や復興の過程を記録・保存するだけでなく,防災・減災教育,研究,政策形成など,多様な領域に資する社会的基盤として位置づけられてきました。
とりわけ東日本大震災以降は,「震災デジタルアーカイブの元年」とも言われるほど数多くの震災デジタルアーカイブが構築されました。しかしその多くは,緊急的・時限的な事業として立ち上げられたため,人的・財政的制約,技術基盤の陳腐化,運営主体の不安定さといった課題が顕在化し,近年では閉鎖を余儀なくされる事例も見られるようになりました。
本特集では,「震災アーカイブの持続的な継承」を主題に,制度設計,運営体制,技術的基盤,さらには記憶の継承をめぐる方法論にも焦点を当てます。アーカイブを「構築する」段階から,「引き継ぎ,生かし続ける」段階へと視点を移す必要性を,読者に感じ取っていただければと考えています。
まず総論として,筑波大学図書館情報メディア系の白井哲哉氏に,震災・災害アーカイブにおける資料と展示の国際比較を通して,日本を含む東アジアのアーカイブの特徴を明らかにしていただきました。他国の事例を踏まえつつ,日本の災害アーカイブが抱える課題を考察した貴重な論考です。続いて,東北大学災害科学国際研究所の柴山明寛氏に,震災アーカイブ継承の課題を多角的に論じていただきました。震災アーカイブの消失には複数の要因が複雑に絡み合っていることを示し,組織・人的資源,運営費,利活用など六つの論点から整理・考察されています。著者自身の経験に裏打ちされた議論は,現場でアーカイブ運用に携わる実務者にとっても示唆に富むものです。
各論として三本を収録しました。国立国会図書館電子情報部電子流通課の廣田和也氏,前田紘志氏,岡本史也氏に,国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(ひなぎく)の持続的運用に向けた取り組みをご紹介いただきました。資料収集方針の見直しや,情報システム面でのコスト削減といった試行錯誤を通じて,運用上の力点の置き方を改めて考えさせられる論考となっています。続いて,神戸大学附属図書館の守本瞬氏に神戸大学附属図書館震災文庫の歩みと,現在直面している課題についてご執筆いただきました。震災関連資料整理の難しさや,情報環境の変化への対応など,三十年に及ぶ活動の蓄積があるからこそ語られる内容です。そして,令和六年能登半島地震のデジタルアーカイブの構築・運営について,石川県総務部知事室戦略広報課の中塚健也氏にご執筆いただきました。発災から半年後には業務委託事業が公示されるなど,極めて迅速に進められたアーカイブ構築の一方で,住民生活の再建を最優先としながら記録を残す活動を継続していくことは,選択を迫られる非常に難しい課題であることを再度認識させられる論考です。
最後に,「語り」に着目した記憶継承の手法について,熊本大学大学院自然科学教育部/国際先端医学研究機構の坂井華海氏にコラムをご寄稿いただきました。「語り」による生きた知識を残すことの意義や,時間の経過が語りにもたらす意味が論じられており,何をどのように残すべきかをあらためて考えさせられる内容となっています。
災害の記憶は,時間の経過とともに風化していきます。同様に,アーカイブもまた,放置すれば自動的に残り続けるものではありません。本特集が,震災アーカイブが継続的に活用されるための条件を問い直し,持続可能な継承のあり方を考える一助となれば幸いです。
(会誌編集担当委員:尾鷲瑞穂(主査),尾城友視,田嶋尚晴,野村周平,吉村雄太)