論文ID: 2024-014
現行のJIS用語規格のうち国際規格との対応の程度が「MOD」とされているものにつき,附属書などに明示された「技術的差異」をISO 10241-2に照合して「IDT」とみなせるかを調査した。その結果,現在「MOD」とされているJIS用語規格のいくつかは「IDT」とみなされる可能性があることが判明した。明記された際の扱いについて検討した。またISO 10241-2の不備な点も摘出した。
WIPO TBT協定により,国内規格(JISなど)と国際規格(ISO/IEC)との整合が求められる1)。対応の程度については“ISO/IEC Guide 21-1:2005: Regional or national adoption of International Standards and other International Deliverables Part 1: Adoption of International Standards”2)(以下Guide21)に定められ,「IDT(一致)」「MOD(修正)」「NEQ(同等でない)」の3段階で示される3)。
ISO 10241-2:2012 - Terminological entries in standards4)(以下10241-2)は日本提案で2012年に発行された国際規格であり,ISOなどの国際用語規格をJISなどに「適用adoption」する際の基準を示したものである。ここでは,用語規格における言語相違などにより許容される際を示している。用語規格以外の規格では技術内容を示すので,言語依存は低いが,用語規格においては言語の違いにより,整合が困難となる事項が多い5)。
現行のJIS用語規格ではMODとされているものも,10241-2の基準で再評価した場合,IDTとされうる可能性がある。本研究では現行のMODとされているJISにおいて,MODとなっている理由を調査し,10241-2に照らしてIDTとなる可能性があるかを調査した。
日本規格協会のWeb販売サイト「JSA GROUP Webdesk」6)で現行のJIS用語規格を検索した。ICS分類検索も試みたが,タイトル検索のほうが適切であったためそちらを採用した。2023年11月現在の428件のJIS規格につき,各々の対応国際規格と,同等性の記述を調査し,以下の結果を得た。
IDT(一致) 72件
MOD(修正) 154件
NEQ(同等でない) 4件
対応国際規格なし 196件
このなかで,MODとなっている154のJIS規格を対象として,それらとSOとの差異を調査した7)。MODとする場合,「附属書」に差異を明記することが求められている。
MODについて,「追加」,「変更」,「削除」の3つの理由がある。MODの修正理由は多くの場合,附属書に詳しく記載がある。一つのJIS用語規格内で複数箇所に修正が加えられている場合,その各箇所の修正理由が記載され,それぞれについて「IDT」「MOD」などの記載がなされている。ひとつでもMODのものがあれば,国内用語規格全体はIDTとすることはできない。1999年度発行以前のJISにはそのような記載をする「附属書」が付されていないが,この場合は「序文」などから判断した。
実際の対応の程度の判断は,技術的内容を精査し,当該分野の専門家および標準化担当者が技術的内容に差が無いことなどの判断を経なければならないが,本調査では,附属書または前書き等の記述からIDTとなる可能性が認められるものを抽出した。
対象の154のJISについて個別に附属書等から検討したところ,以下の結果を得た。
(a)の数が多いが,技術的内容の一致を精査していないため,実際には(a)とされたものの多くはMODと判定すべきものと思われる。
3.1 変更事例附属書等に記述された差異のいくつかを挙げ,検討する。これらの事例は(a)のみでなく,(b)(c)と判定されたJISからのものも含む。以下では「IDT」として扱えるか否かを中心に考察する。
(2)用語の削除 説明文中にある国内では不要な記述の削除は10241-2で認められているが,用語自体の削除は不可と考えられる。
(3)定義を正確に,定義をわかりやすく 「直訳でなく概念を同じにせよ」というのはGuide21に示されたものだが,異なる観点からの定義についてはグレーである。
(4)表形式 JIS Z 83016)の要請により表形式としたことを附属書に記述したものが多い。表形式のみが原因でMODとしているJISはなかった。これは,10241-2の3.2.2で明確に認められている。
(5)語順の変更 ISOがアルファベット順となっているものを,JISでは50音順または分類順としたものがある。10241-2ではISO順を残した上で索引の追加で対応することが求められている。しかし,JIS規格で日本語の用語が対応英語のアルファベット順に並ぶのは実用的であると思えない。また,ISOと分類体系を変更することは不可であるが,分類は変えずにその並べ順を変更しているケースもある。これらについては10241-2では規定されていない。
(6)索引の追加・削除 ISOにあるドイツ語,ロシア語などの索引を削除したケースがある(JIS T 7330など)。10241-2の3.2.2 Identicalの6) で言語別索引の追加削除は認められている。
(7)説明・注釈の追加 いくつかのJISにおいて説明・注釈が追加されたものがある。これは10241-2の3.2.2 Identicalの12において認められている。
(8)番号付けの変更 (JIS L 0212-1) 10241-2の3.2.2.b 3で「番号付けの変更」は認められている。
附属書等に記述された差異のうち,10241-2では扱われていないものを以下に記す。これらは今後の検討材料となろう。
(2)化学式 「JISでは化学式の例は不要」として削除したものがある(JIS L 0204-2)。
(3)複合語 要素となる語が定義語として規定されている複合語を削除したものがある(JIS Y 5001)。
(4)同義語の追加 注記として加えるのは10241-2で可とされるが,見出し語自体を複数にする場合の規定がない。
(5)図の更新 よりわかりやすい図,写真に置き換えられたものがある(JIS B 0160)。
(6)複数のISOを1つのJISに これはGuide21の4.3にMODであっても非推奨とされている。
(7)原語が多義的 ISO/ASTM 52900では“porosity”が「多孔性」「空孔率」の意味に使われているが,JIS B 9441では両者を分けている。これは,10241-2和訳版解説「4.7 指称に多義語を使用する場合について」と類似だが,原規格で1エントリにまとめられているため,この事例は該当しない。
現行MODとされているJIS用語規格のいくつかはMODと見なされる可能性があった。しかし,10241-2の記述だけでは判断できなかった。それは,技術内容の同一性を判断する必要があるケースと,10241-2の記述があいまいまたは不十分となっているケースとがあった。
一方,10241-2の認知度は低く,引用規格として10241-2を参照しているJISはなかった。翻訳版は最近出版されたもののJIS化されていないためとも考えられる。10241-2に追加の規定をすべき問題も摘出された。これらは,今後10241-2の改訂作業に活かしていきたい。