マクロ経済学を成立させているカレツキの有効需要の原理において,「合成の誤謬」を見出すことができる。それは,「貯蓄と投資の均等は,所得とのかかわりによってもたらされる」ものであり,また,その場合,「貯蓄は投資によって決定される」ものであるという,「マクロ経済学の基本前提」において核心を担う,投資にかかわる理論のなかに見出すことができるものである。そこに,5つの「合成の誤謬」を見出すことができる。まず,「基本前提」にかかわるものとして,第1に,投資資金調達において,そして,第2に,乗数理論において,見出されるものである。その場合,「基本前提」にかかわる投資支出にかんして,カレツキ自身によって言及されているものが,第3の「合成の誤謬」である。第4は,投資決意にかんする「合成の誤謬」である。投資決意は,粗収益性の増加関数であるとされているが,その粗収益性を数学的に分解した場合,設備稼働率との関係において,「合成の誤謬」が見出されるのである。第5は,その設備稼働率は,雇用水準の決定として反映されうるので,そこに,投資が,さらに労働市場とのかかわりをもつ性格のものとして,「合成の誤謬」を見出すことができる。「合成の誤謬」は,単なる個別経済主体の合計としては捉えることのできないマクロ経済についての分析を可能にしている,方法論的個人主義による「要素還元主義(reductionism)」ではない,「全体論(holism)」の重要性を示すものであり,マクロ経済学に「存在意義(raison d'être)」を与えているものなのである。