抄録
東電福島第一原発の事故を契機として,全国の原子力施設内の医療システムの構築に向けて,どのような取り組みが行われ,今後どのような取り組みが行われようとしているのかを解説した.
厚生労働省においては,2014年から2015年にかけ,東電福島第一原発を含めた原子力施設における緊急作業従事者の保健,医療全般について検討した.緊急作業中の原子力施設内の医療体制の確保について,電気事業者,医療関係者から,詳細なヒアリングを実施した.
原子力施設内の被災労働者への医療体制は事業者責任で整備すべきとされている.しかし,東電福島第一原発事故では電気事業者は医師等の医療スタッフを独力で確保できなかった.2011年₇ 月以降,緊急時の医療に精通した医師等のネットワークが医療スタッフ等の派遣を支援している.
課題として,①緊急時に原子力施設内に派遣される医療スタッフの育成の取り組みは,2015年時点ではどの事業者も行っていないこと,②医師等の医療スタッフのほか,放射線管理・ロジスティックスを担当する人材が必要であること,③原子力施設により,地域医療体制との連携に濃淡があること,④過酷事故のシナリオに基づいた複数・多傷病者への対応のための訓練を行う必要があること,⑤派遣される医療スタッフ等に適切な契約・身分保障の条件を示す必要があること,⑥ネットワークの組織体制を明確にする必要があることが挙げられた.
今後の対応の方向としては,①原子力施設内に派遣されることを前提とした医療スタッフ等を募集・育成すること,②患者の搬送,受入れ等の連携強化に向け協議を開始し,搬送訓練を実施すること,③医療スタッフ等を確実に追跡できる仕組みが必要であることが指摘された.
この提言を受け,厚生労働省は,平成₂₇年度から「原子力施設内の緊急作業時の被災労働者対応のための専門人材育成等事業」,「原子力施設内の緊急作業時の被災労働者対応ネットワーク構築事業」の二つの事業を開始した.