平地での定常歩行運動を司る,脊髄や皮質下の神経機構による制御機構は古くから研究されてきた.それに対して,歩行中に障害物を跨ぐ課題に代表される,適応的歩行の制御機構に関する知見は限られており,巨大なブラックボックスともいえるものである.本稿では,将来における適応的歩行運動のメカニスティックな理解を目指すべく,これまでに行われてきた実験動物を用いた研究や,人を対象とした運動学的な知見について解説する.古くはGibson(1958)が指摘するように,人が障害物を跨ぐ際の行動では,視覚による環境の認知を経て,適切な運動が選択・出力される.すなわち,障害物とそれを跨ぐ足の運動にフォーカスした見方では,その全容を理解することは難しい.数々の先行研究により,足の軌跡や全身のバランス制御を含む障害物跨ぎ歩行動作は,年齢とともにダイナミックに変化することや,健常若年成人であっても,障害物の個数や形状,二重課題の負荷といった様々なコンテキストの影響により異なる動作が見られることが明らかとなっている.現段階において,これらの多様な行動を統一的に説明できる理論やモデルは存在しない.今後,高齢者の転倒予防や移動ロボットの制御への応用のためにも,様々な環境の中を適切に移動するための神経制御機構の研究が進むことが期待される.