日本神経回路学会誌
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解説
単細胞生物の“環境認識の理解”と“ケミカルセンサーへの応用”
田中 裕人曽和 義幸大岩 和弘小嶋 寛明川岸 郁朗
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2024 年 31 巻 3 号 p. 141-148

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抄録

代表的なバクテリアである大腸菌は大きさ数ミクロンの単細胞生物である.単細胞生物と聞くと一見単純に思われるかもしれないが,生存戦略の1つとして“好き”な化学物質が濃い場所に向かい,“嫌い”な物質から逃げる走化性を示す(川岸郁朗,入枝泰樹,坂野聡美(2006):大腸菌走化性シグナル伝達機構~タンパク質局在と相互作用を中心に~,物性研究,Vol.85, pp.668–684).大腸菌走化性については,関連タンパク質やその生化学反応も細部までわかっており,単純な大腸菌が化学刺激に対して“好き”か“嫌い”かのみを判断(二値化)し行動を変化させる応答である,とこれまでは考えられてきた.しかし,そうした生化学反応による情報処理の結果,バクテリアが化学刺激(外界)のどのような情報までを認識しているかは,明らかにはなっていなかった.本稿では,走化性応答を統計的に取り扱うことで,大腸菌が認識している外界の情報を明らかにした我々の研究を紹介する.我々は,大腸菌細胞がどのような外界情報を認識しているのか,という問いに対し,走化性応答を統計的に処理して逆問題を解くことで,この疑問の答えを求めた.その結果,細胞個体としては一見環境を二値化(“好き”or“嫌い”)と単純化しているように見える大腸菌細胞が,それぞれの細胞は独立して応答しているのではあるが,集団としては二値化を超えて,より詳細に外界の情報を認識している可能性が明らかになってきた.本稿では,大腸菌走化性応答,統計処理,解析結果を紹介する.生き物の情報処理特性を理解することは,生き物と環境との情報のやりとりを理解する一助になることはもちろん,工学的にも応用可能であることも併せて紹介する.

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