これまで,情愛や無意識がどのようなしくみで農業において作用しているのか,特に暗黙知の観点から詳細に整理した研究はない.ゆえに,近年のICT等を活用した急進的な農業近代化に潜む問題は明確化しておらず,是正策は明らかとなっていない.
本稿では,情愛と無意識による感知が農業における技能の構成要素となっていること,及び,情愛が暗黙知の獲得に果たしている役割について論じた.その上で,情報科学の過度な適用が,農業者による対象の客観化の傾向を強めることにつながり,農業者個々人を暗黙知の獲得から遠ざける課題について指摘した.熟練農業者の技能継承を支援するにあたっては,形式知化に偏らず,暗黙知の獲得による継承と,それを支える徒弟制度,習俗,思想,文化,それらを維持する村落共同体をも視野にいれた,総合的なアプローチが必要である.