「経済合理性」を追求してやまない現代社会においては,舘野氏が指摘するように,都会と農村,個人と個人は,分断され,経済という冷たい鎖でつながっているだけである.その中で,人間の生活や自然環境の破壊が着実に進行している.この状況において,どのように農・農業を復権し,自然と社会を回復するか.全体セッションでの報告から,前述のとおり,そのキーワードとなる事項を「循環」,「共生」,「自給」,「交流」という形で整理した.もとより,この事項を包摂する学は,自然科学,社会科学のみならず,芸術その他の表現,民俗,無意識等のさらに広い分野からのアプローチが必要となる総合的な学となることは言うまでもないであろう.
農学が自然科学とその周辺科学を対象とする学にとどまり続けると見込まれるならば,有機農業が近代農業のあり方を鋭く批判する位置にあるのと同様に,このような広範囲な総合的な学を有機農学と定位し,農の本質に即した研究や教育の発展を期すべきではないだろうか.
舘野氏は,有機農業の本質は,農業ではなく「農行」であると思うとし,その本質は,生命の法則と宇宙(自然)の法則に沿った世界に農業や社会や生き方を変えることにもつながる,広大で深遠な世界観の転換にあると思いますとしている(舘野2007:9).
有機農学という総合学から,農の本質に即した農業のあり方や技術論,経済論,社会論,制度論,文化論,芸術論などが幅広く展開され,地域の自然と社会が持続性・永続性を持ち,いのち響き合う社会や暮らしが実現する道筋が具体的に提起されるようになることを切に期待したい.第18回日本有機農業学会大会(埼玉大学)の全体セッションでの報告とそこでの議論は,こうした総合学の展開に向けての出発点となる意義深いものであったと,筆者は評価している.
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