2022 年 15 巻 2 号 p. 143-151
医療・福祉の労災認定事案は精神障害事案が大半を占めており,その中でも最も多い職種が介護職員である.また,これらの労災認定事案がどのような原因で精神障害の発症に至ったかというと利用者の自殺や利用者からの暴力など「悲惨な事故や災害の体験,目撃」に遭遇したため発症したというケースが多い.このことから,本研究では,トラウマティックな出来事を体験した介護職員に着目して,出来事が起こった背景を探索し,予防策を講じる手掛かりを得ることを目的とした.具体的には、労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センターにおいて調査復命書の記載内容に基づき作成された過労死等データベースから,介護に関わる事案84件を抽出し,分析を行った.分析の結果,これまで詳細が報告されていなかったトラウマティックな体験の実態と背景要因の一端が明らかになった.抽出した事案のうち半数以上が暴力等への遭遇であり,その大半が遭遇時に一人であり,助けが遅れるか来なかったという状況であることが分かった.また,暴力等の背景には認知症等や精神疾患等の症状があると推測される一方で,大半のケースでそうしたことが分からないままに介護労働に従事し,被災していた.加えて,背景要因としては症状だけではなく,「家に帰りたい」というような利用者本人の希望や意思が根本にあるケースも少なくなかった.今後の課題として,介護職員がやりがいをもって安心・安全に働ける職場を作るため,かつより質の高いケアを提供できるためにも,メンタルヘルスケア体制の充実や,暴力等のトラウマティックな出来事の予防のために必要な知識の取得機会,職場における知識の応用を後押しする仕組みの確立が求められる.