抄録
本研究は,京都臨済宗本山の一つである天龍寺を対象として,十境によってどのような景域が創られたのかを明らかにすることを目的とする.伽藍創建と共に成立した天龍寺の十境及びこれに関する偈頌を分析し,事物の形状のみならず景域における体験の仕方までの再現性を含んだ設計図のようなものであった可能性を検証した.天龍寺の伽藍が作られ十境が設定される以前の場所の歴史を把握し,それぞれの要素の配置と,求められていた風景観を確認した.次に,夢窓疎石による偈頌から次のような領域を構成する意図を抽出した.このとき,境致の設定の仕方には「見立て」と「布石」の二通りあることが確認された.布石は,主に場所の意味を強め,視覚に関わるものに用いられた.見立ては,本来の環境に重層的な意味を加え,あるいは景域の中のストーリーを明確にするために用いられた.これらによって,後醍醐天皇に関連する吉野との一体化,法華経の法界の創造,およびそれぞれの境致の履歴を含むマスタープランが構想されていた.夢窓疎石の意図は,伽藍のみに収まらず周囲の環境を含みこむ大きな景域の創造であったことが明らかになった.