妻籠宿の住民組織と保存審議会での議論に着目して、集落・町並み保全地域における地域主体の調整システム構築過程と調整課題の変遷を総合的かつ中長期的に解明した。住民憲章に基づき住民組織内に設置された統制委員会は、設立直後から景観、商売・営業、交通、売買、運用組織等、幅広い調整課題を扱い、自身の公正さと実効性を高める今日に至る組織運営の仕組みを集中的に検討・実装していた。町条例制定後は保全審議会と共に調整課題に対応する体制が確立したが、私有財産の所有や利用に関わる商売・営業、交通、売買関係は、中長期に及び、再燃しやすい調整課題であり、住民組織が主体的に扱っていた。重伝建選定後は、土地建物売買等に対応できる財団法人の設立、効率的運営のための組織統合など、住民組織の形態を変革しながら調整システムを強固なものにしていった。全期にわたり、行為と場所の性質等を踏まえた調整がされており、特に1980年代以降は慎重な過程を経た上での柔軟性を見出すことができた。それらの過程で、「住民憲章」は生活や営業等の欲求との間の距離感を計りながら具体的調整を促す原点かつ、調整内容に説明責任を課す存在であった。