日本土木史研究発表会論文集
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インド近代土木工学の源流
イギリス工兵学の影響
多田 博一
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1987 年 7 巻 p. 69-78

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抄録
1757年, ブラッシーの戦いで勝利をおさめ, インド征服の足掛かりをつかんだイギリス東インド会社は, インド諸候の分裂に乗じて, 次第に領土を拡大していった。この過程で攻城戦はもとより, 平和時における道路, 兵舎, 庁舎の建設において, 工兵将校の役割が大きくなった。このため, 東インド会社は1809年に, ウーリッチの王立軍事アカデミーとは別に, 独自の軍事セミナリーを開設した。年間約60-80人の将校が養成され, そのうち特に優秀な者10人弱が工兵将校としての特別訓練を受けた。彼らは, イギリス領土の拡大にともなって生じた種々の公共事業, 例えは道路, 舟運, 灌概, 鉄道, 公共建築物の設計・施工・監督に当たらねはならなかった。現地の事情に通じた土木技師の必要が痛感ざれるようになり, 1847年アジア最初の工科大学が北インドのルールキーに設立されることになった。インド近代土木工学の夜明けである。
この大学にはインド駐在のイギリス軍・官・民間人の子弟だけでなく, インド人の青少年も入学をみとめられていた。19世紀後半にはいると, そこを卒業したインド人技術者が, 1855年に設置された公共事業局の技官として採用されるようになった。インド統治のインド人化の始まりである。この大学では研究成果発表の機関誌として “Professional Papers on Indlan Engneering”が刊行された。また, 土木工学に関する教科書も編纂され, 次第にインド独自の土木工学が形成されていった。
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© 社団法人 土木学会
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