抄録
土木技術史的な立場から言えば、近世期頃までは、河川改修工事や築堤工事など、一般に河川に対する工事の方法は専ら、長年にわたる地域共同体レベルでの経験の蓄積や、熟練された個人による知恵と勘にたよることが多かった。しかし、この事は逆の見方をすれば、その頃までは河川に対して人間社会からの働きかけがまだ少なかったということを意味している。そして、技術力が未熟な分だけ、自然の力を恐れ、同時にそれを考慮に入れた河川への働きかけがなされていたように思われる。そのような視点から見ると、当時の河川計画は自然と調和のとれた計画になっていたと考えられ、今日の河川計画を考えるうえでも重要な教訓を提起しているものと思われる。
本稿でとりあげた「堤防溝洫志」はこのような近世後期の河川技術について書かれたものである。これは、農学、経済学、さらには都市計画と実に幅広い学問に通じ、数多くの業績を残している佐藤信渕が、その父信有の遺稿を校訂してまとめあげたものとされており、1875年 (明治九年) に刊行した。
河川とは歴史的、社会経済的な造営物であるという認識に立ちながら、本研究では「堤防溝洫志」で説かれた河川環境論と治水技術上の観点について考察した。