環境社会学研究
Online ISSN : 2434-0618
特集 人と自然のインタラクション─動植物との共在から考える─
物の哀れをしるより外なし──環境民俗学の認識論──
山 泰幸
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2017 年 23 巻 p. 53-66

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抄録

柳田国男を創始者とする日本民俗学は,その学問的性格において,本居宣長ら江戸期の国学者の影響を受けているとされる。特に,柳田の心意論は,本居宣長の歌論・物語論で展開された「物のあはれを知る」説の影響が指摘されている。本稿では,本居宣長の「物のあはれを知る」説に遡り,その発想を手がかりとしながら,「語り」や「物語」をめぐる環境民俗学の捉え方,認識論について考察する。

宣長は,歌の発生を,事物に触れて「あはれ」を深く感じる人の心情に求め,人が「あはれ」を感じるのは,事物が「あはれ」であると認識できるからであるとし,「知」と「感」を一体とする認識論を提示する。また,人に語り聞かせることでみずからを慰め心を晴らすように,歌には「語り」と同様の意味がある点や,聞き手を前提とした歌の社会性を説いている。一方,物語論では,読者の立場から,今を昔になぞらえて,みずからの心を晴らすものとして,物語の意味を捉えている。さらに,作者もまた「物のあはれを知る」物語の享受者の立場から,「物のあはれ」を読者に知らせるために,物語を書き出すとする。宣長は,物語の作者,物語中の人物,物語の読者が,物語の享受者として「物のあはれを知る心」によって重なり合うものと捉えているのである。

以上のような宣長の歌論・物語論を手がかりにして,本稿では,民話を活用したまちづくりの事例を検討する。それによって見えてくるのは,民話を通じて,今を昔になぞらえて,みずからの置かれた状況や心情を理解し,心を晴らす,「物のあはれを知る」物語の享受者としての生活者の姿である。

民俗学者は,生活者の「語り」から,彼らの「物のあはれを知る心」に動かされ,彼らを登場人物とした物語(民俗誌)を描くことで,みずからが感じ,心を動かされた「物のあはれ知る心」を伝えるのである。

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© 2017 環境社会学会
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