抄録
コミュニティ内部の社会関係,とりわけ隣人や親族との社会的遠近度が経済生活の基礎となるジャワ農村において,出身家族との関係はきわめて重要であり,成人した第二世代が周辺地域に居住し形成する援助ネットワークは,有形無形の社会保障機能を果している。人口移動が顕著な社会において,この援助のネットワークはどのような形をとり得るのか。それは移動者の出身農村周辺を超え,日常的な援助ネットワークの機能から,出身家族への送金の授受という形へと発展するものなのか。あるいは両者の関係の崩壊へと変質していくのか。本稿は,人口流出を特色とするインドネシア・ジャワの2村において1985年に実施した標本調査に基づき,出身家族に対する村外移動者の送金を,移動者とその出身家族両者の視点から分析し,その経済的・社会的意味を検討したものである。調査結果はまず,移動者からの送金が,ライフサイクルの後期にある出身家族により多く起こること,また,送金を受ける家族だけを見ても,ライフサイクルの後期にある出身家族ほど,送り手の数が増加していることを示した。また,低所得層の出身家族ほど送金を受ける割合が高く,送金を受ける家族の中では,低所得層ほど送金に依存する割合が高いことを示した。さらに,離村期間の長い移動者ほど高い送金率を示し,自身の家族と共住してその家計維持に追われる既婚移動者が,未婚もしくは現在独身の単身移動者よりも高い金額を出身家族に仕送っているといった事実も,移動者と出身家族間の緊密な関係を支持している。以上の結果から,移動者からの送金が,出身家族の家計向上の重要な手段となっていると同時に,送り手と受け手の間の社会的紐帯が,送金のもう一つの見逃し得ない側面であることが論証される。この事例研究を一般化することには慎重であるべきだが,ここに明らかにされた送金の社会的側面は,移動者から出身家族への送金が調査対象2村にとどまらず,ジャワ農村に広範に見られる現象であることを示唆している。