人口学研究
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論文
人口波動論とマルサス『人口論』初版
中西 泰之
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1988 年 11 巻 p. 31-41

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抄録

マルサスのoscillation論は欧米文献や経済学史学会ではほぼ無視されている。他方,我が国の人口学会における通説のように増殖原理と規制原理の単なる機械的結合とみるのは,マルサスの内在的研究の結果とは思われず支持できない。本稿の目的はマルサスの内在的研究によって, oscillation論がマルサス『人口論』において不可欠の意義と役割を担っていることを示すことにある。すなわち,まずoscillation論は問題提起としての役割をもって第1章に登場するが,第2章で提示される人口波動の定式は,その中に後章で展開されるはずの内容を多く含んでおり,マルサスの問題意識群の凝縮ともみることができる。この定式は,人口増加の優位がもたらす不幸と悪徳が,ほかならぬ近代社会において具現するメカニズムを論理的に解明しようとするものであり,三命題を導出する論理ともなることによって,第3章以下の,いわゆる初版における歴史編を導くものである。その歴史編においては,第3章では牧畜部族の分化,拡大,戦争を説明する原理となり,第5章では救貧法批判の一根拠をもなす。さらに第7章では,流行病の発生が人口波動との関連で把握され,それを媒介として人口動態変数の解釈論が導かれる。また,第8章ではコンドルセのoscillation論がマルサスのoscillation論によって批判される。第2章の人口波動の定式はその内に経済学への通路を含んでおり,近代社会における人口波動の分析の武器が経済学,とりわけ短期の需給分析であることをしめしている。第16章で展開されるこの経済学は,下層階級の安楽が,労働を維持する基金すなわち土地生産物の下層階級への分配分に依存する,という学説である。そして,この学説はスミス批判に直結するとともに,イングランドの現状分析の道具となり,農業の奨励こそが貧民の状態を改善するとの政策批判の基準ともなっているのである。加うるに,第16章では生活水準論(という人口波動論自体に内在している問題)に属する文言がとりわけ多くみられるが,それらは,マルサスが人口波動を通じての生活水準の上昇を,明示してはいないが,おそらくは展望していたであろうことを示すものである。マルサス人口波動論はこのような意義と役割を担う『人口論』の一大支柱なのである。

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© 1988 日本人口学会
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