2023 年 59 巻 p. 89-104
本稿は,近年の社会科学の諸分野で応用が進むマルチレベル分析について,人口移動研究に適用するうえでの意義と展望を示す。まず,人口移動研究における従来の方法論的課題として,移動の発生や目的地選択に関するミクロ分析によるアプローチと,地域を単位として移動の水準や地域間の移動流を分析するマクロのアプローチという二つのアプローチの分断状況について概観する。具体的には,それぞれのアプローチにおける分析の視角と方法,分析に用いるデータの特性を整理し,マルチレベル・モデルを適用したアプローチが有効と考えられる概念的・方法論的背景について検討する。そのうえで,マルチレベル・モデルの特徴を確認し,内外における研究動向を踏まえた成果について述べる。マルチレベル分析の導入により,階層構造をもつデータにおける標本独立性仮定の問題や地域単位の集計データによる生態学的誤謬といった技術的な課題を克服するだけではなく,異なる水準で測定される多層的な要因の効果の峻別や,それらの相互作用を考慮した分析フレームワークの構築が可能になる点を指摘する。その成果として,従来の分析手法では精緻に検証することが困難であった古典的命題や「古くて新しい」分析課題についても,重要な知見が蓄積されつつあることを示す。