【目的】胎盤形成における雌雄ゲノムの役割を明らかにするために,我々は雄核発生胚から栄養膜幹細胞(TS細胞)を樹立した。雄核発生胚由来TS細胞(ATS細胞)は分化誘導後,栄養膜巨細胞(TG細胞)特異的遺伝子を発現したことから,TG細胞への分化には雄ゲノムが関与していると考えられた(Ogawa et al.,2009)。同年,母方発現インプリント遺伝子であるP57/kip2を欠損したTS細胞が樹立された(Ullah et al., 2009)。この細胞は分化誘導後TG細胞特異的遺伝子を発現するが,核の巨核化が認められなかった。さらに,分化誘導後も細胞は増殖を続け,分化誘導後10日目にはほぼ全ての細胞の核が多核化を示すことが報告された。これにより,TG細胞への分化には雌ゲノムが重要であることが示唆された。そこで本研究では,ATS細胞がTG細胞へ分化しているのかを明らかにするため,分化誘導後の細胞の特性を調べた。【方法】ATS細胞2株を供試した。また,コントロールとして受精卵由来TS細胞を用いた。分化誘導後0~6日目におけるP57/kip2及びTG細胞特異的遺伝子の発現解析をRT-PCRにより行った。また,同時期の細胞を回収し,細胞の増殖率の算出及びFACSを用いたDNA量の測定を行った。さらに,分化誘導後10日目の細胞における多核化細胞の出現について観察した。【結果】分化誘導後,TS細胞ではP57/kip2の発現が見られたが,ATSでは発現が抑制されていた。しかし,TG細胞特異的遺伝子の発現はTS細胞同様,分化誘導後に上昇が見られた。また,ATS細胞では分化誘導後も細胞の増殖能が維持され,4N以上の細胞の出現に遅延が見られた。一方,ATS細胞における多核化細胞の出現率はTS細胞と同様低率であった。以上から,ATS細胞は分化誘導後,TG細胞特異的遺伝子の発現と,細胞の増殖性についてはP57/kip2欠損TS細胞と似た特性を示すが,細胞は多核化せずに巨核化すると考えられた。