抄録
【目的】ヒツジやヤギでは雄由来の匂いが季節外の排卵を誘起する雄効果という現象が知られている。一般に匂いの情報は嗅上皮-主嗅球を含む主嗅覚系、あるいは鋤鼻器-副嗅球を含む鋤鼻系の何れかを介して扁桃体などの高次中枢へと伝達される。齧歯類では多くのフェロモン効果が鋤鼻系で処理されているが、反芻獣の雄効果についてはフェロモンの受容部位は定かではない。シバヤギの視床下部からはGnRHのパルス状分泌を制御する周期的な神経活動(MUAボレー)が記録されるが、雄フェロモンはこの活動を刺激する。この反応を指標とし、鋤鼻器へのフェロモン取り込みの遮断が及ぼす影響をみることで、ヤギにおける雄効果フェロモンの受容部位を検討した。【方法】卵巣摘除し視床下部へ電極を留置した成熟雌シバヤギを供試した。雄シバヤギの頭頸部から採取した被毛を呈示カップにセットし、雌の吻部に保持することでフェロモン呈示とした。ヤギの鋤鼻器は、鼻腔と口腔を繋ぐ切歯管の中ほどに開口している。注射麻酔下で左右両側の切歯管にステンレス針(外径1.2mm、長さ25mm)を挿入して閉塞し、開口部を塞ぐことで鋤鼻器を機能的に遮断した。覚醒後フェロモン呈示を行い、MUAボレー誘起までの潜時を計測した。また別の個体を用いて片側のみ切歯管を閉塞し、両側の鼻腔内に染色液を滴下したあと屠殺、鋤鼻器を採材し、染色液の取り込みを比較した。【結果】無処置群では適切なタイミングでフェロモン呈示すると直後にMUAボレーが誘起された。同様に切歯管を閉塞した状態でも、雄ヤギ被毛呈示の直後1分以内にMUAボレーが誘起された。また切歯管の閉塞は鋤鼻器への染色液の取り込みを阻害していた。【総括】切歯管の閉塞によりフェロモンの鋤鼻器への取り込みは抑制されると考えられたが、この鋤鼻器の機能的遮断はフェロモン効果を阻害しなかった。齧歯類とは異なり、ヤギの雄効果を引き起こすフェロモンは嗅上皮で受容され、その情報は主嗅覚系を介して視床下部へと伝達されている可能性が示唆された。