抄録
放射線照射後の正常ヒト二倍体細胞において、リン酸化ATMのフォーカスを起点とするDNA損傷チェックポイント因子のフォーカス形成が明らかになっている。これまでに、放射線照射後に形成された初期のリン酸化ATMフォーカスは照射後の時間経過とともにそのサイズが増加すること、またこの過程はDNA損傷修復にともなう二次的なクロマチン構造変化によるものであること、を明らかにしてきた。このようなリン酸化ATMフォーカスサイズの増加は、DNA二重鎖切断部位においてDNA損傷チェックポイントシグナルを増幅する役割を担っていると考えられる。そこで本研究では、この仮説を証明するために、DNA二重鎖切断修復に欠損を持つ細胞が、DNA損傷シグナルを増幅できるのかどうか、ATMによるp53のセリン15のリン酸化を指標に検討した。
実験には、CHO細胞およびxrs-5細胞を用いた。Xrs-5細胞はKu80蛋白質を欠くため、G1期での主要なDNA二重鎖切断修復過程である非相同末端結合修復(NHEJ)に欠損を持つ。X線(1 Gy~4 Gy)を照射後細胞を1時間培養し、4%フォルマリンで固定後に膜透過処理を施し、抗リン酸化ATM抗体および抗セリン15リン酸化p53抗体を用いた免疫蛍光抗体法により、リン酸化ATMフォーカスサイズとp53のリン酸化との関係を調べた。また、細胞周期は、S期を抗RPA抗体で、G2期を抗リン酸化ヒストンH3抗体で染色して解析した。その結果、1 Gy照射細胞では、xrs-5細胞特異的にG1期の細胞でのリン酸化ATMフォーカスのサイズ増加が見られなかったが、そのような細胞では、p53蛋白質のリン酸化レベルも低いことが明らかになった。
以上の結果は、DNA損傷チェックポイントシグナルの増幅がDNA二重鎖切断修復にともなうクロマチン構造変化と共役して進み、それによってATMから下流因子へのDNA損傷情報が効率よく伝達されていることを示す。