抄録
放射線生物学の歴史の中で、比較的最近まで研究者の関心は主として高線量の生物作用に向けられてきた。このことは基礎的な側面だけでなく、放射線の生物作用を利用する際にもっぱら高線量の細胞致死効果や突然変異誘発作用が利用されてきたことにも現れている。また、放射線のリスク評価においても、高線量の影響を外挿する形での評価が行われてきた。最近になって低線量放射線の生物作用の研究により、適応応答、バイスタンダー効果、ゲノム不安定性など、高線量率・高線量の場合からは予想のつかなかった現象が次々と明らかになった。これらの現象の背景には、生体の低線量放射線に対するさまざまな応答があると考えられ、基礎科学として興味深いだけでなく、放射線の利用やリスクに関する考え方にも大きなインパクトを与えるものである。ここでは、低線量・低線量率放射線の生物作用を概観し、その応用的側面おける意義について考察を加えたい.