抄録
放射線による細胞がん化の第一標的は、DNAであると信じられてきた。しかし、そのことを直接的に証明する結果はない。我々は、これまでシリアンハムスター(SHE)細胞を用いた細胞がん化実験系を用いて放射線による細胞がん化誘導機構を追跡し、グレイあたりの細胞がん化頻度が平均的な体細胞突然変異頻度の500~1,000倍高いことを報告してきた。このことは、細胞がん化が複数の突然変異の集積で生ずるという“多段階突然変異説”と矛盾するものである。
我々は、この矛盾を解決するためにSHE細胞を用いて細胞がん化に関連する細胞内標的を探索したが、その結果、高密度培養や放射線被ばくによって細胞内酸化度が昂進し、それに伴ってセントロメアあるいはセントロゾームの構造異常を生じることがわかった。それらの細胞集団では、染色体構造異常は起こらないが染色体異数化が高頻度に見られる。
これらの結果は、放射線による細胞がん化の主たる標的はDNAではなく、セントロメアあるいはセントロゾームなどの染色体安定性維持機構を構成するタンパク質である可能性を示唆している。