抄録
幹細胞の存在が、明確に示されたのは、1961年のTillとMcCullochによる脾コロニー形成実験である。骨髄細胞を放射線照射したマウスに移植すると10日後に、脾臓に造血のコロニーが肉眼的に観察された。その元になる細胞を脾コロニー形成単位と呼んだ(彼らは、細胞は同定できなかったので、あえてコロニーの元になる細胞を単位と呼んだ)。この功績により、彼らは、2005年、ラスカー賞を受賞した。
組織の大元にあたるこの幹細胞は、分化した細胞集団のなかに1/1,000 あるいは1/10,000 の頻度でしか存在しない。幹細胞の自己複製の現場をみるには、各種組織幹細胞はそれぞれの存在部位を明らかにする必要がある。皮膚ではバルジとよばれる部位、消化管ではクリプトの傍底部、脳では脳室下層、精巣では、精細管最外層部に幹細胞が存在するとされている。幹細胞が、未分化性を維持するためにはそれを可能にする環境因子が存在すると考えられる。その環境に対して、壁のくぼみを意味するニッチ(niche)という言葉が使われる。このニッチにより、幹細胞の数や分裂、生死までがコントロールされている。隣接細胞からのシグナル伝達やパラクライン因子などが幹細胞維持の制御に関わっている。近年、骨髄中の造血幹細胞は、骨周辺の骨芽細胞や間質細胞近くに存在することが分かった。抗がん剤を投与し、DNA合成期にある前駆細胞を死滅させ、生き残った静止状態(細胞分裂をしていない状態)にある細胞の存在部位を観察すると、幹細胞は、まさに骨梁の内側付近に局在し、細胞周期が遅い(slow cycling)。造血幹細胞は、接着分子を介してニッチ細胞と接着して、分裂を止めていると考えられる。
1997年、Dickのグループは新たなアプローチの導入に成功し、がん幹細胞の存在を証明している。彼らは免疫不全(NOD/SCID:non-obese diabetic/severe combined immunodeficient)マウスを用いて急性骨髄性白血病の幹細胞を同定することに成功した。がん幹細胞は、slow cyclingで薬剤抵抗性を示す。この点で、正常幹細胞と似た性質を示す。 それでは、がん幹細胞にニッチ依存性はあるのか、あるとしたら、ニッチは、どのような働きをしているのか? 本講演では、正常幹細胞に対するニッチの役割を明らかにしながら、がん幹細胞のニッチを考察する。 ニッチを制御することにより、がんを抑制することはできないのか、最新のデータを示しながら、議論したい。