抄録
被ばくによる健康被害として、広島・長崎原爆投下の数年後に白血病が多発したことが良く知られている。被爆後60年以上を経た今もなお、原爆被爆者では悪性腫瘍の発現頻度が高いが、近年増加している血液異常は、被爆直後に見られた白血病とは異なる骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome; MDS)であることが明らかにされつつある。MDSは造血幹細胞のクローナルな異常に起因し、無効造血と血球の形態や機能異常を呈する疾患群である。治療抵抗性で慢性の経過を示し、急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia; AML)への移行が見られることから、前白血病状態に位置づけられている。MDSではAMLのような染色体転座はまれであり、MDSの発症および進展には多数の遺伝子異常の積み重ねが必要である。われわれは、MDSおよびMDS由来AML(MDS/AML)では造血に必須の転写因子をコードするAML1/RUNX1遺伝子の点突然変異が高率であることを見出し、発症機構の主要部を担う遺伝子異常の一つであることを明らかにした。特に、放射線被ばく者である広島原爆被爆者およびセミパラチンスク核実験場近郊住民のMDS/AML患者においては、AML1点変異が高頻度であった。また、AML1点変異は他の悪性腫瘍に対する化学療法や放射線療法後の治療関連MDS/AML 患者にも高頻度に見られることから、AML1点変異が放射線や化学療法によるMDS/AMLのバイオマーカーの1つである可能性が示唆された。点変異の起こる部位はAML1全長に分布し、その結果生じる様々な変異体は正常AML1としての機能(転写活性化能)を失っている。しかし単なるAML1の機能消失ではなく、N末端側変異体とC末端側変異体では異なった腫瘍原性作用を持ち、発症メカニズムが異なる。このことから、AML1点変異はMDS/AML発症におけるマスター遺伝子変異であり、放射線被ばくや今後増加が予測される治療関連のMDS/AMLに対する早期診断法として有用であると考えられる。