育種学研究
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原著論文
高温登熟耐性に優れる水稲系統「東北206号」に対するHd1Hd16Hd18の出穂期改変効果
石森 裕貴佐伯 研一遠藤 貴司中込 佑介佐藤 浩子溝淵 律子田口 文緒福岡 修一山内 歌子安藤 露水林 達実
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2020 年 22 巻 2 号 p. 149-158

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摘 要

高温登熟耐性に優れる中生の水稲系統「東北206号」の出穂期を5~10日晩生化させるため,「東北206号」を反復親,「コシヒカリ」を供与親とした連続戻し交配により,出穂期関連遺伝子座(Hd1, Hd16, Hd18)を組み合わせて「コシヒカリ」型に置換した準同質遺伝子系統群(NILs)を育成し,宮城県におけるHd1Hd16Hd18の出穂期改変効果について検証した.Hd1座を「コシヒカリ」型に置換したNILの出穂期は,「東北206号」の出穂期よりも29日遅くなり,Hd16座,Hd18座をそれぞれ単独で「コシヒカリ」型に置換したNILの出穂期は,ともに3日早くなった.当初,出穂期を5日程度遅らせると予測したHd1座とHd16座をともに「コシヒカリ」型に置換したNILの出穂期は,「東北206号」より15日遅くなった.Hd1座,Hd16座,Hd18座を全て「コシヒカリ」型に置換したNILの出穂期は10日遅くなり,育種目標に合致した.予測した出穂期と実際の出穂期との違いは,「コシヒカリ」のHd1Hd16Hd18と,「東北206号」が保有するそれ以外の遺伝子の相互作用,あるいは温度や日長等の環境要因が原因と推察された.Hd1座,Hd16座,Hd18座を全て「コシヒカリ」型に置換したNILの中から,農業形質に優れる「東北229号」を選抜した.「東北229号」の出穂期は,「コシヒカリ」より9~10日遅く,高温登熟耐性に優れていた.本研究により,Hd1座,Hd16座,Hd18座を「コシヒカリ」型に置換することにより,行政ニーズに対応した高温登熟による玄米品質の低下を避けられる晩生の有望系統を短期間で育成することができた.

Abstract

Near-isogenic lines (NILs) of Tohoku 206, which has medium maturity with high temperature tolerance during the ripening stage, were developed to delay the heading date to 5 to 10 days later than Tohoku 206 and to clarify the conversion effect of Hd1, Hd16, and Hd18 of Koshihikari in Miyagi. NILs were bred by repeated backcrosses between Tohoku 206 as a recurrent parent and Koshihikari as a donor. Substituting a Koshihikari chromosomal segment for the Hd1 locus in Tohoku 206 resulted in a later heading date by 29 days. Similarly, the substitution of a Koshihikari chromosomal segment for the Hd16 and Hd18 loci separately in Tohoku 206 resulted in an earlier heading date by 3 days. The predicted heading date for the gene combination of Hd1 and Hd16 was 5 days later, but the actual heading date was 15 days later. On the other hand, the heading date of the NIL of Tohoku 206 with the Koshihikari Hd1, Hd16, and Hd18 loci was 10 days later than that of Tohoku 206. The difference between the predicted and actual heading dates was considered to be due to the mutual interaction of the Koshihikari Hd1, Hd16, and Hd18 loci and other genes involved in heading date determination or environmental factors such as temperature and day length. The most promising line with excellent agricultural traits from Tohoku 206 NILs was with Koshihikari alleles at the Hd1, Hd16, and Hd18 loci. This line was named Tohoku 229. The heading date of Tohoku 229 was 9 to 10 days later than that of Tohoku 206. It has high temperature tolerance equivalent to Tohoku 206. These results indicate that it is possible to rapidly develop a late-maturing and promising line that does not show a decline in grain quality owing to high temperatures during the ripening stage by delaying the heading date with the substitution of Koshihikari alleles at the Hd1, Hd16, and Hd18 loci.

緒言

イネ(Oryza sativa L.)の出穂期は,品種の地域適応性を決定する主要な農業形質の一つであり,これまで出穂に関連する遺伝子が多数報告されている(Yano et al. 2000, Takahashi et al. 2001, Doi et al. 2004, Komiya et al. 2008, Tsuji et al. 2008, Xue et al. 2008, Saito et al. 2009, Yan et al. 2011, Matsubara et al. 2012, Fujino et al. 2013, Hori et al. 2013, Wu et al. 2013, Shibaya et al. 2016, 齊藤ら 2018).Hd1は第6染色体に座乗し,晩生型(「日本晴」型)のHd1は,短日条件下で出穂を早める方向に働き,長日条件下で出穂を遅らせる方向に働く.早生型(「Kasalath」型)のHd1は短日条件で出穂を遅らせる方向に働き,長日条件で出穂を早める方向に働く(Yano et al. 2000).「コシヒカリ」型のHd1は早生型と晩生型の中間の効果を示す.Hd1は,東北・北陸地域の品種の多くが機能欠失型の早生型をもち,関東以西の品種はすべて機能型の晩生型である(谷坂 2009).Hd16は第3染色体に座乗し,晩生型(「日本晴」型)は短日条件下で出穂を早める方向に働き,長日条件下で出穂を遅らせる方向に働く(Hori et al. 2013).Hd16の早生型(機能欠失型)は高緯度地域で栽培される品種で見られ(Hori et al. 2016),「コシヒカリ」のHd16は早生型(機能欠失型)である.Hd18は,第8染色体に座乗し,早生型(機能型)は日長条件によらず出穂を早める方向に働き(Shibaya et al. 2016),「コシヒカリ」のHd18は早生型(機能型)である.また,Hd6の「コシヒカリ」型は長日条件で出穂を早める方向に働き(Takahashi et al. 2001),Hd5の機能型はGhd7の機能型存在下で出穂を早める方向に働き(Fujino et al. 2013),Hd17の「コシヒカリ」型は出穂を遅らせる方向に働き(Matsubara et al. 2012),Ghd7の「コシヒカリ」型は長日条件で出穂を遅らせる方向に働き(Yan et al. 2011),Ehd1の「日本晴」型は出穂を早める方向に働く(Doi et al. 2004).

Takeuchi et al.(2006)は,日本を代表する良食味品種「コシヒカリ」のHd1をインド型品種「Kasalath」型に置換した「コシヒカリ関東HD1号」,「コシヒカリ」のHd5を「Kasalath」型に置換した「関東HD2号」を育成しており,これらの品種は「コシヒカリ」品種群として「コシヒカリ」の作期分散や作付け適地拡大を可能にすると考えられる.

宮城県では,水稲作付面積の約8割を占める中生品種「ひとめぼれ」において,近年,夏季の高温による白未熟粒の発生が増加し,玄米品質の低下が大きな問題となっている(宮野・国分 2009).特に,2010年の一等米比率は,70.4%までに低下し,県南部では高温による玄米品質の低下が顕著であった(宮城県古川農業試験場 2011).そのため登熟期間の高温を避け,玄米品質の向上を図るために,晩生で高温登熟耐性に優れる品種が要望されている.宮城県古川農業試験場では,2011年に,中生で高温登熟耐性に優れる良食味水稲系統「東北206号」を育成した(図1,農研機構稲品種データベース検索システム).本報では,「東北206号」の5~10日の晩生化を図るため,「東北206号」を反復親,「コシヒカリ」を供与親として,DNAマーカーを用いた連続戻し交配により,出穂期関連遺伝子座(Hd1, Hd16, Hd18)の遺伝子型が異なる8つの準同質遺伝子系統群(near-isogenic lines, NILs)を作出し,宮城県における「コシヒカリ」型のHd1Hd16Hd18の出穂期改変効果について検証した.

図1.

「東北206号」の系譜.

材料及び方法

1. 「コシヒカリ」と「東北206号」の出穂期関連遺伝子座の遺伝子型解析及び遺伝背景の解析

2013年に,反復親「東北206号」と供与親「コシヒカリ」について,出穂期への作用の大きい既知出穂期関連遺伝子Hd1Yano et al. 2000),Hd6Takahashi et al. 2001),Ghd7Xue et al. 2008),Hd5Fujino et al. 2013),Hd16Hori et al. 2013),Hd17Matsubara et al. 2012),Hd18Shibaya et al. 2016),Ehd1Doi et al. 2004)について,各遺伝子座の遺伝子型をDNAマーカーを用いて判別した.

「東北206号」,「コシヒカリ」の多型やその後代の多型解析は,アジアの栽培イネから選抜した全染色体の網羅的に配置された一塩基多型(single nucleotide polymorphism, SNP)マーカーセット(768プレックス)を用いて,Illumina Bead Station 500Gシステムを使用して検出した(Nagasaki et al. 2010).遺伝子型解析は,GoldenGate BeadArrayテクノロジープラットフォーム(Illumina社)を使用した.SNPの位置情報は,IRGSP-build5.0(IRGSP),IRGSP-1.0(rap-db)に基づいた.

2.「コシヒカリ」遺伝背景における非「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILの出穂期

「コシヒカリ」と「コシヒカリ」遺伝背景でHd1座,Hd16座,Hd18座が「Kasalath」,「日本晴」,「はやまさり」型に置換されたNIL3系統(「コシヒカリHD1 NIL(コシヒカリ関東HD1号)」,「コシヒカリHD16 NIL」,「コシヒカリHD18 NIL」)を用いて,「コシヒカリ」Hd1Hd16Hd18の効果を推定した.各NILは,宮城県大崎市(宮城県古川農業試験場)において2013年4月18日に播種し,5月21日に移植した.栽植密度は22.2株/m2,1株1本植え,基肥は窒素成分で0.4 kg/a,出穂期は,1株または系統内の40~50%の穂が出穂した日とした.

3.「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILの育成

人工交配は,温湯除雄法により,2013年5月「東北206号」を母本,「コシヒカリ」を父本,同年 9月上旬から12月上旬にかけてそのF1個体を母本,「東北206号」を父本,2014年5月に,BC1F1個体を母本,「東北206号」を父本として行った(図2).

図2.

「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILの育成.

遺伝子型解析は,BC1F1世代389個体,BC1F2世代447個体,BC2F1世代480個体,BC2F2世代328個体について,Hd1座,Hd16座,Hd18座の遺伝子型をDNAマーカーを用いて決定した.全染色体の網羅的なSNP解析は,BC1F1世代94個体,BC2F1世代188個体,BC2F3世代4個体について行った.ライン1(図2)のBC1F2世代は,2014年4月中旬から5月上旬まで30℃に設定したインキュベーター内で養成し,5月上旬に128穴苗トレイに移植後,ガラス温室で養成し,5月下旬に本田へ移植した.翌年は,枯死した5個体を除いたBC1F3世代362個体を用いた.出穂期調査の対照品種は,反復親の「東北206号」と供与親の「コシヒカリ」とした.

ライン2(図2)のBC2F2世代では,ライン1と同様に2015年に出穂期調査を行った.BC2F1世代とBC2F3世代の選抜個体は1/5000 aワグネルポットを用いて温室で養成した.

4.「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILの農業形質

2016年に,「東1671」,「東1672」,「東1673」,「東1674(のちの「東北229号」)」のBC2F4世代4系統,2017年に「東北229号」,「東1672」のBC2F5世代2系統について,出穂期と収量や高温登熟耐性,その他の農業形質を調査し,「東北206号」との同質性を評価した.生産力検定は宮城県大崎市において4月中旬に播種し,5月中旬に移植した.栽植密度は22.2株/m2,1株4本植とし,基肥は窒素成分で0.4 kg/aとした.高温登熟耐性検定は,ガラス室で検定を行った.5月中旬に播種し,6月中旬にプラスチックコンテナ(40 cm×30 cm,1/768 a)に移植した.基肥は窒素成分で1.1 kg/a,栽植密度は100株/m2,1株2本植,1試験区12株とし,湛水管理した.出穂後25日間,ガラス室内の最低気温が28℃以上となるように,日中換気と夜間暖房で調節した.成熟期に収穫後,穀粒判別機(RGQI10型,サタケ)と目視により玄米品質を調査し,東北地域における高温登熟耐性基準品種(梶ら 2016)に基づき,高温登熟耐性を判定した.耐冷性検定は,幼穂形成期から出穂期まで,19.0℃の冷水を水深25 cmにして循環させ,不稔歩合を調査する恒温深水法(松永 2005)により評価した.食味は,基準品種を「ひとめぼれ」(0)として,古川農業試験場職員により試食し,−5(基準よりかなり不良)~+5(基準よりかなり良)で評価した.

結果

1. 「コシヒカリ」と「東北206号」の出穂期関連遺伝子座の遺伝子型解析及び遺伝背景の解析

「東北206号」と「コシヒカリ」について,既知の出穂期関連遺伝子座の遺伝子型を比較した(表1).Hd6座,Ghd7座,Hd5座,Hd17座,Ehd1座は,ともに「コシヒカリ」型だった.一方,Hd1座,Hd16座,Hd18座は異なる遺伝子型を示し,「東北206号」のHd1座は機能欠失型の早生型(「アキヒカリ」型),Hd16座は機能型の晩生型(「日本晴」型),Hd18座は機能欠失型の晩生型(「はやまさり」型)であった.

表1. 調査対象とした主な出穂期関連遺伝子座と「東北206号」の遺伝子型
出穂期関連遺伝子座1)
Hd1 Hd6 Ghd7 Hd5 Hd16 Hd17 Hd18 Ehd1
Aki Kos Kos Kos Nip Kos Hay Kos

1) Akiは「アキヒカリ」型,Kosは「コシヒカリ」型,Nipは「日本晴」型,Hayは「はやまさり」型を示す.

遺伝背景解析で得られたSNPについて,2013年の「東北206号」と「コシヒカリ」の親解析で判別可能な656個のマーカーのうち,多型が得られたSNPは114個であった(図3).また,2014年のBC1F1世代で判別可能な633個のマーカーのうち,多型が得られたSNPは98個,2014年のBC2F1世代で判別可能な700個のマーカーのうち,多型が得られたSNPは116個,2015年のBC2F3世代で判別可能な584個のマーカーのうち,多型が得られたSNPは89個であった.

図3.

「コシヒカリ」と「東北206号」におけるSNPの分布.

1) 各染色体における灰色で示す領域は,「コシヒカリ」と「東北206号」間で多型が見られた領域,白で示す領域は,多型が見られなかった領域を示す.着色領域は,隣接するマーカーの中間までとした.

2) 解析箇所は染色体上の横線で示しており,各染色体の解析数は次の通り.Chr.1は77,Chr.2は64,Chr.3は62,Chr.4は60,Chr.5は54,Chr.6は56,Chr.7は56,Chr.8は52,Chr.9は39,Chr.10は42,Chr.11は48,Chr.12は46.

2.「コシヒカリ」遺伝背景における非「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILの出穂期

茨城県つくば市において,2011年から2013年の3カ年平均において「コシヒカリHD1 NIL」の出穂期は「コシヒカリ」よりも12日早く,「コシヒカリHD16 NIL」の出穂期は「コシヒカリ」よりも11日遅かった(表2).2012年から2013年の2カ年平均において,「コシヒカリHD18 NIL」の出穂期は「コシヒカリ」よりも4日遅かった.これに対して,2013年における宮城県大崎市での各「コシヒカリHD NIL」の出穂期は,「コシヒカリHD1 NIL」が「コシヒカリ」より15日早く,「コシヒカリHD16 NIL」が「コシヒカリ」より10日遅く,「コシヒカリHD18 NIL」は,「コシヒカリ」と同日だった.2013年の宮城県大崎市の結果から,「コシヒカリ」型のHd1は,出穂を15日遅くする効果があり,Hd16は出穂を10日早くする効果があり,Hd18は「東北206号」遺伝背景下では,出穂改変効果が小さいと推測された.

表2. 「コシヒカリ」遺伝背景NILを用いたHd1Hd16Hd18の効果
品種・系統名 出穂期関連遺伝子座における遺伝子型1) 出穂期関連遺伝子の作用2) コシヒカリとの差(日)
茨城県つくば市 宮城県大崎市
Hd1 Hd16 Hd18 Hd1 Hd16 Hd18 2~3年平均3) 2013年
コシヒカリ Kos Kos Kos M E E 0 0
コシヒカリHD1 NIL Kas Kos Kos E E E −12 ± 1.2 −15
コシヒカリHD16 NIL Kos Nip Kos M L E +11 ± 2.3 +10
コシヒカリHD18 NIL Kos Kos Hay M E L +4 ± 0.5 0
東北206号 Aki Nip Hay E L L N.D. −7

1) Kosは「コシヒカリ」型,Kasは「Kasalath」型,Akiは「アキヒカリ」型,Nipは「日本晴」型,Hayは「はやまさり」型を示す.

2) Eは早生化,Lは晩生化,Mはその中間の効果を表す.

3) 平均±標準誤差を示す.「コシヒカリHD1 NIL」,「コシヒカリHD16 NIL」は2011–2013年の3年,「コシヒカリHD18 NIL」は2012–2013年の2年平均.

N.D.はデータ無しを表す.

3.「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILの育成

「東北206号」を晩生化するため,2つのラインでNILを作出した(図2).

2013年 9月上旬から12月上旬にかけての戻し交配では,合計389粒のBC1F1種子を得た.その後,BC1F1世代389個体について,Hd1座,Hd16座,Hd18座の遺伝子型をDNAマーカーを用いて解析し,各遺伝子座を「東北206号」型ホモまたはヘテロで持つ94個体を選抜した.選抜した94個体について全染色体の網羅的なSNP解析を行い,「東北206号」ホモ型のSNPが98個中57個から82個であるBC1F1世代12個体を選抜した.2014年からHd1座,Hd16座,Hd18座の組合せによる出穂期への効果を確認するライン1と,実用系統を育成するライン2に分けて育成を進めた.

ライン1では,BC1F1世代6個体から採種したBC1F2世代447個体についてHd1座,Hd16座,Hd18座の遺伝子型解析を行い,Hd1座,Hd16座,Hd18座の遺伝子型がそれぞれ両親いずれかのホモ型に固定した367個体を得た.

ライン2では,2014年5月に,Hd1座,Hd16座がヘテロ型のBC1F1世代2個体,Hd1座,Hd18座がヘテロ型のBC1F1世代2個体,Hd1座,Hd16座,Hd18座がヘテロ型のBC1F1世代の2個体と「東北206号」の戻し交配を行い,それぞれ,587粒,548粒,689粒のBC2F1種子を得た.

2014年のライン1の出穂期の結果を考慮して,Hd1座,Hd16座,Hd18座がヘテロ型の個体と「東北206号」との交配後代で,BC2F1世代の689個体のうち480個体について,DNAマーカーを用いた選抜により,Hd1座,Hd16座,Hd18座がヘテロ型または「東北206号」型ホモの188個体を選抜した.その後,188個体について全染色体の網羅的なSNP解析を行い,3つの出穂期関連遺伝子座が全てヘテロ型で,それ以外の領域においてヘテロ型のSNPが最も少ない19個以下の3個体を選抜した.

2015年に,3個体から採種したBC2F2世代328個体から3つの出穂期関連遺伝子型が両親いずれかのホモ型に固定した39個体を選抜した.39個体のうち,Hd1座,Hd16座,Hd18座が「コシヒカリ」型ホモの4個体を選抜した.2016年以降,4系統をそれぞれ「東1671」,「東1672」,「東1673」,「東1674(のちの「東北229号」)」とした.

4.「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18の効果

2014年と2015年に,「東北206号」のHd1座,Hd16座,Hd18座の遺伝子型が「コシヒカリ」型ホモに置換した8種のBC1F2とBC1F3世代および親品種・系統の出穂期を調査した(表3).それらをTYPE1~8に分類し,TYPE1はHd16座,Hd18座が「コシヒカリ」型,TYPE2はHd16座が「コシヒカリ」型,TYPE3はHd18座が「コシヒカリ」型,TYPE 4は全て非「コシヒカリ」型,TYPE5はすべて「コシヒカリ」型,TYPE6はHd1座,Hd16座が「コシヒカリ」型,TYPE7はHd1座,Hd18座が「コシヒカリ」型,TYPE8はHd1座が「コシヒカリ」型とした.その結果,2014年の「東北206号」の出穂期は8月3日,「コシヒカリ」の出穂期は8月14日で,「コシヒカリ」の出穂期は「東北206号」より11日遅かった.2015年の「東北206号」の出穂期は8月1日,「コシヒカリ」の出穂期は8月9日で,「コシヒカリ」の出穂期は「東北206号」より8日遅かった.各タイプともに出穂に対する効果の方向性は同じで,Hd1座が「コシヒカリ」型個体(TYPE8)の出穂期は「東北206号」よりも平均で29日遅く,Hd16座が「コシヒカリ」型個体(TYPE2)の出穂期とHd18座が「コシヒカリ」型個体(TYPE3)の出穂期はともに平均で3日早かった.

表3. 「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」由来Hd1Hd16Hd18の各種組み合わせによる出穂期改変効果
品種・系統名 出穂期関連遺伝子座における遺伝子型1) 出穂期関連遺伝子の作用2) 東北206号との差(日)3)
Hd1 Hd16 Hd18 Hd1 Hd16 Hd18 ライン1 ライン2
2014年
(BC1F2
2015年
(BC1F3
平均 2015年
(BC2F2
反復親 東北206号 Aki Nip Hay E L L 0 0 0 0
供与親 コシヒカリ Kos Kos Kos M E E +11 +8 +10 +9
TYPE1 Aki Kos Kos E E E −7 −6 −7 −5
TYPE2 Aki Kos Hay E E L −3 −3 −3 −3
TYPE3 Aki Nip Kos E L E −3 −2 −3 −3
TYPE4 Aki Nip Hay E L L +1 +1 +1 +2
TYPE5 Kos Kos Kos M E E +11 +8 +10 +10
TYPE6 Kos Kos Hay M E L +16 +13 +15 +16
TYPE7 Kos Nip Kos M L E +22 +22 +22 +25
TYPE8 Kos Nip Hay M L L +28 +29 +29 +34

1) Kosは「コシヒカリ」型,Akiは「アキヒカリ」型,Nipは「日本晴」型,Hayは「はやまさり」型を示す.

2) Eは早生化,Lは晩生化,Mはその中間の効果を表す.

3) BC1F2,BC1F3,BC2F2世代の供試個体はTYPE1(21,21,6),TYPE2(46,46,3),TYPE3(26,26,3),TYPE4(175,170,11),TYPE5(2,2,4),TYPE6(16,16,4),TYPE7(21,21,3),TYPE8(60,60,5)である.

また,Hd1座とHd16座が「コシヒカリ」型個体(TYPE6)の出穂期は「東北206号」よりも平均で15日遅く,Hd1座とHd18座が「コシヒカリ」型個体(TYPE7)の出穂期は平均で22日遅く,Hd16座とHd18座が「コシヒカリ」型個体(TYPE1)の出穂期は平均で7日早くなった.

全て非「コシヒカリ」型個体(TYPE4)の出穂期は平均で1日遅く,Hd1座,Hd16座,Hd18座の全てが「コシヒカリ」型個体(TYPE5)の出穂期は平均で10日遅かった.

これらのことから,「東北206号」を5~10日晩生化するには,Hd1座,Hd16座,Hd18座の全てを「コシヒカリ」型で置換するのが望ましいことが明らかになった.

2015年に,ライン2のBC2F2世代39個体について,出穂期を調査した(表3).その結果,Hd1座,Hd16座,Hd18座の全てがコシヒカリ型(TYPE5)個体の出穂期は,「東北206号」の出穂期より10日遅くなり,2014年と2015年のライン1の結果と一致し,TYPE5個体が育種目標に合致することが示された.

5.「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILの農業形質

2015年のライン2のTYPE5の個体より選抜された「東1671」,「東1672」,「東1673」,「東1674」の2016年と2017年の宮城県における出穂期や収量等の農業形質を調査した(表456).2016年の親品種・系統の出穂期は,「東北206号」が8月8日,「コシヒカリ」が8月15日となり,「コシヒカリ」の出穂期は「東北206号」より7日遅かった.これに対して,「東1671」,「東1672」の出穂期は「東北206号」対比で7日遅く,「東1673」,「東1674」の出穂期は「東北206号」対比で9日遅くなった.また,前者2系統の稈長は「東北206号」より11~12 cm長く,後者2系統の稈長は「東北206号」より4~6 cm長かった.高温登熟耐性はいずれも「東北206号」並みの“やや強”であった.その他の特性については,耐冷性は“強”,食味は,基準品種である「ひとめぼれ」並の良食味だった.出穂期と稈長が2タイプに分かれたことから,玄米重,玄米品質や食味を考慮して,各タイプから「東1672」と「東1674」を選抜し,このうち,稈長がやや短く,玄米重が重い「東1674」を実用性が高いと判断し,「東北229号」を付与した.

表4. 「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILの出穂期
品種・系統名 出穂期関連遺伝子座における遺伝子型1) 出穂期関連遺伝子の作用2) 2016年
(BC2F4
2017年
(BC2F5
Hd1 Hd16 Hd18 Hd1 Hd16 Hd18 出穂期(月/日) 東北206号との差(日) 出穂期(月/日) 東北206号との差(日)
反復親 東北206号 Aki Nip Hay E L L 8/8 0 8/7 0
供与親 コシヒカリ Kos Kos Kos M E E 8/15 +7 8/15 +8
東1671 Kos Kos Kos M E E 8/15 +7
東1672 Kos Kos Kos M E E 8/15 +7 8/15 +8
東1673 Kos Kos Kos M E E 8/17 +9
東北229号(東1674) Kos Kos Kos M E E 8/17 +9 8/17 +10
ひとめぼれ 8/8 +0 8/6 −1

1) Kosは「コシヒカリ」型,Akiは「アキヒカリ」型,Nipは「日本晴」型,Hayは「はやまさり」型を示す.

2) Eは早生化,Lは晩生化,Mはその中間の効果を表す.

表5. 「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILの農業形質
年次(世代) 品種・系統名 稈長(cm) 倒伏程度(0–4)1) 玄米重(kg/a) 同左標準対比(%) 玄米品質(1–9)2) 耐冷性 食味試験評価(−5~+5)3)
室内達観不稔歩合 評価
2016年
(BC2F4
東1671 93 1.5 56.2  92 2.0 20 −0.03
東1672 92 1.5 56.4  93 2.3 28  0.23
東1673 85 0.0 60.7 100 2.0 20 −0.17
東1674 87 0.3 59.9  99 1.5 28 −0.10
東北206号 81 2.5 60.8 100 2.3 23 −0.03
コシヒカリ 94 2.5 51.3  84 2.3 23
2017年
(BC2F5
東北229号(東1674) 87 2.0 52.6  99 2.5 38 −0.11
東1672 92 2.0 48.3  91 2.0 45  0.00
東北206号 83 2.0 53.3 100 2.0 35 −0.06
コシヒカリ 97 2.5 46.3  87 2.3 35  0.28

1) 0(無)~4(甚).

2) 1(良)~9(不良).

3) 「ひとめぼれ」を基準(0)として,−5(基準よりかなり不良)~+5(基準よりかなり良).

表6. 「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILの高温登熟耐性
年次(世代) 品種・系統名 出穂期(月/日) 登熟気温1)(℃) 機器測定 達観評価2)
白未熟粒
評価3)
整粒率(%) 白未熟粒率(%)
2016年
(BC2F4
東1671 8/21 28.7 47 43  7.5 やや強
東1672 8/20 28.7 49 38  7.5 やや強
東1673 8/22 28.6 49 41  9.0 やや強
東1674 8/22 28.6 51 38  8.5 やや強
東北206号 8/19 28.9 63 27  7.0 やや強
みねはるか 8/22 28.6 59 28  7.0 (やや強)
ひとめぼれ 8/20 28.7 40 48  9.0 (中)
笑みの絆 8/22 28.6 58 30  8.0 (強)
コシヒカリ 8/22 28.6 31 57 11.3 (中)
2017年
(BC2F5
東北229号(東1674) 8/30 29.5 48 13  5.5
東1672 8/28 29.4 59  9  5.5
東北206号 8/29 29.4 58  8  6.0
みねはるか 8/29 29.4 41 21  9.0 (やや強)
ひとめぼれ 9/1 29.5 35 19 11.5 (中)
笑みの絆 8/28 29.4 35 17  5.5 (強)
コシヒカリ 8/29 29.4 27 16 12.0 (中)

1) 出穂期後20日間の平均気温.

2) 乳白粒,基白粒,背白粒,腹白粒,白死米粒の発生程度を0(無)~9(甚)で評価した合計値.

3) 括弧内は基準品種の評価基準.

2017年の親品種・系統の出穂期は,「東北206号」が8月7日,「コシヒカリ」が8月15日となり,「コシヒカリ」の出穂期は「東北206号」より8日遅かった.「東1672」は「東北206号」対比で,出穂期は8日遅く,稈長は9 cm長かった.高温登熟耐性は“強”であった.「東北229号」は「東北206号」対比で,出穂期は10日遅く,稈長は4 cm長かった.高温登熟耐性は“強”であった.

6.「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILのグラフ遺伝子型

「東1671」,「東1672」,「東1673」,「東北229号」について,Hd1座,Hd16座,Hd18座の近傍以外で「コシヒカリ」型またはヘテロ型の残存領域が見られた染色体は,「東1671」では第3,6,7,8染色体の各1箇所,「東1672」では第3,6染色体の各1箇所,「東1673」では第1,6,7染色体の各1箇所,「東北229号」では第1,6染色体の各1箇所だった(図4).また,「東1671」,「東1672」では,Hd18座の近傍が広く「コシヒカリ」型で残存していた.

図4.

「東北206号」遺伝背景における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18 NILのグラフ遺伝子型.

1) BC2F3世代.

2) 染色体上の横線は多型を示したマーカー箇所.

3) 白で示す領域は,「東北206号」型,黒で示す領域は,「コシヒカリ」型,灰色で示す領域は,ヘテロ型の箇所を示す.着色領域は,隣接するマーカーの中間までとした.

考察

当初,「コシヒカリHD1 NIL」の茨城県つくば市での3または2カ年の結果より,「東北206号」のHd1座を「コシヒカリ」型に置換することで,「東北206号」の出穂期を12日程度遅くできると予測した(表2).同様に,Hd16座,Hd18座を「コシヒカリ」型に置換することで,「東北206号」の出穂期をそれぞれ11日,4日程度早くできると予測した.これらの結果から,「東北206号」に「コシヒカリ」型のHd1座とHd18座を置換することで,「東北206号」の出穂期を,目的とする8日程度遅らせることができると予測した.一方,2013年の宮城県大崎市で「コシヒカリHD NIL」の出穂期を調査した結果から,Hd1座とHd16座を「コシヒカリ」型に置換することで,「東北206号」の出穂期を5日程度遅らせることができると予測した.しかしながら,「東北206号」に「コシヒカリ」型のHd1座とHd16座を置換した個体(TYPE6)の出穂期は,「東北206号」の出穂期より15日遅くなり,Hd1座とHd18座を置換した個体(TYPE7)の出穂期は,「東北206号」の出穂期より22日も遅くなった(表3).結果的に,Hd1座とHd16座,Hd18座を置換した個体(TYPE5)が育種目標に合致した10日遅くなる組合せとなった.当初の予測と,実際の「東北206号NIL」の出穂期に違いが生じたことは,以下の4つの要因が考えられた.1つは,「コシヒカリ」型のHd1の効果を確認するために用いた「コシヒカリHD1 NIL」のHd1座は「Kasalath」型であったが,「東北206号」のHd1座は「アキヒカリ」型であり,「コシヒカリ」型のHd1の効果について正確に評価できていなかったことである.2つ目は,宮城県における「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18の効果は,2013年の単年度のみで推定したものあり,その効果を正確に評価できなかったことである.3つ目は,「東北206号」が元々保有する出穂期関連遺伝子と「コシヒカリ」型Hd1Hd16Hd18の遺伝子間の相互作用があったことが挙げられる.4つ目は,緯度や気温,日長等の栽培環境の違いが遺伝子の効果に違いを与えていることが考えられた.Hd1は日長によって出穂を早めたり,遅らせたりする効果が報告されている(Yano et al. 2000).茨城県つくば市と宮城県大崎市では,緯度の違いにより,7月中旬から8月上旬の1日の日長時間は,宮城県が茨城県より10分程度長いことや,同期間の日平均気温は,つくば市が大崎市より2℃程度高いことから,これらが「コシヒカリ」型Hd1の出穂遅延効果に違いを生じさせたと推察された.今後,遺伝子の効果を正確に評価し,栽培環境の違いを考慮することにより,目的とする出穂機能改変を高精度でできるものと考えられた.

「東1671」,「東1672」,「東1673」,「東北229号」の4系統では,「東北206号」より4~12 cm稈長が長くなった.出穂期が遅くなり,晩生となったことで,中生の「東北206号」よりも生育期間が長くなり,下位節間が伸長したことが要因の一つと考えられた.また,Hd16はジベレリンシグナル伝達系に関わるリン酸化酵素をコードしているため,多面発現のため稈長に影響を与えていると考えられた(Dai and Xue 2010, Hori et al. 2013).さらに,「コシヒカリ」のHd1を「Kasalath」のHd1に置換した準同質遺伝子系統「コシヒカリ関東HD1号」は,多面発現により稈長が短くなったとの報告(Takeuchi et al. 2006)があり,Hd16と同様に,Hd1も多面発現が影響している可能性が考えられた.

今回,高温登熟耐性に優れる中生の「東北206号」に,DNAマーカー選抜と連続戻し交配によりHd1座,Hd16座,Hd18座を「コシヒカリ」型に置換して,交配から4年という短期間で目的とする系統を育成できた.これは,「東北206号」の両親が「ひとめぼれ」と「ふさおとめ」であり,「ふさおとめ」が「ひとめぼれ」を親としており,「ひとめぼれ」の親は「コシヒカリ」と「初星」,さらに「初星」の親は「コシヒカリ」であることから,「東北206号」が「コシヒカリ」と近縁にあったことが大きな要因と考えられる(図1).「ひとめぼれ」は,「コシヒカリ」から伝達された染色体領域が全体のおよそ80%と報告されており(山本,長崎 2011),「東北206号」については「コシヒカリ」と遺伝的に近縁であったことから,SNP多型が656個中114個と少なく,不良形質の連鎖の問題等を生じることなく準同質遺伝子系統を育成できたと考えられた.

今後,同様の手法により地域のニーズに対応した有望系統の出穂期の改変が効果的に進むと期待される.

謝辞

本研究は農林水産省委託事業「ゲノム情報を活用した農畜産物の次世代生産基盤技術の開発プロジェクト」(2013~2017)の支援を受けて実施した.

引用文献
 
© 2020 日本育種学会
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