抄録
精神疾患死後脳のグリア関連遺伝子発現の異常およびアストロサイトの細胞数の減少などが報告され,ニューロンとグリアの相互作用に着目した視点が病態解明や治療法開発に重要である。筆者らは,アストロサイトに貯蔵されている複数の神経栄養因子の中でグリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)に着目し,気分障害患者への関与や,特に古典的な三環系抗うつ薬が直接的にアストロサイトに作用し,モノアミンやアセチルコリンとは異なった機序で発現を誘導することを見いだした。さらに,その抗うつ薬ターゲット分子は,リゾリン脂質のG蛋白結合型受容体の一つであるリゾフォスファチジン酸(LPA)1受容体であることを見いだした。三環系抗うつ薬は,1950年代に偶然見つかった抗うつ薬のプロトタイプであり,未だに重症例や難治例患者にSSRIやSNRIを凌ぐ臨床効果を示す場合や,躁転のリスクも高いことから,その薬理作用は強力な抗うつ作用と関連する可能性がある。マウス脳内では,LPA1受容体は部位によって発現が異なり,アストロサイト,オリゴデンドロサイトなどの細胞腫に限局していた。また,LPA1受容体の内因性リガンドLPAの合成酵素であるオートタキシン(ATX)濃度は,うつ病患者の血液および脳脊髄液中では,いずれも有意に低下しており,抑うつ症状スコアおよび治療経過と有意な相関を認めた。LPAは神経・血管新生や炎症に関連し,またLPA1受容体ノックアウトマウスは抑うつ症状様の行動を呈することから,ATX/LPA/LPA1受容体を介したリゾリン脂質カスケードは気分障害の病態解明・治療薬開発の新しい分子基盤となる可能性がある。