抄録
心的外傷後ストレス障害(post traumatic stress disorder:PTSD)はトラウマ体験の記憶,すなわち,トラウマ記憶を原因とする精神疾患である。トラウマ記憶の代表例が「恐怖記憶」であり,恐怖記憶は昆虫からヒトに至るまで観察されるため,ヒトを含む動物では恐怖記憶制御基盤に共通性が存在すると考えられている。そこで,げっ歯類における恐怖記憶制御機構を解析し,このメカニズムに基づいてPTSDの治療方法を開発することが世界的に試みられている。特に,「持続エクスポージャー療法」は有効なPTSDの認知行動療法として知られており,この治療法を短縮する方法が考案されてきた。以上の背景のもとで,筆者のグループでは,恐怖記憶忘却を促進する海馬神経新生エンハンサーを利用したPTSDの新規治療方法の開発を続けている。本稿では,恐怖記憶制御基盤に基づくPTSD治療方法開発のアプローチ,筆者のグループにおける研究成果とこれに基づく臨床試験結果,さらには,臨床治験者からいただいた「格言に等しい言葉」も含めて紹介する。