抄録
経鼻胃管症候群は経鼻胃管挿入後に声帯外転麻痺を生じる比較的稀な症候群であるが, 致命的経過を辿りうる重篤な合併症である.
2017年4月から2022年3月までの5年間に当院で診療した両側声帯麻痺から緊急気管切開を必要とした経鼻胃管症候群の症例は4例であった. この4例では経鼻胃管症候群の主要兆候とされる咽頭痛が診療録に記載されておらず, すべての患者で吸気性喘鳴を認めた. 発症時には全例がベッド上安静を余儀なくされており, 低栄養リスクの高い状態であった. 発症後, 全例で緊急気管切開が行われた. このうち1例では声帯運動が回復し発症28日後に気管切開カニューレを抜去できた. 残る3例のうち2例は原疾患のために死亡し, 1例は声帯運動の回復を認めなかった.
経鼻胃管症候群の発症には唯一の声門開大筋である後輪状披裂筋が明確な筋膜構造をもたないことに加え, 経鼻胃管が通過する輪状後部は非常に狭く, 物理的, 生理的に持続的な圧を受けやすいという解剖学的特徴が関与している.
誌上報告されている経鼻胃管症候群39例をまとめたところ, 主要兆候とされる咽頭痛が経鼻胃管症候群の診断契機となったものは3例と少なく, 多くの症例で吸気性喘鳴や呼吸困難, 酸素飽和度の低下, 喀痰喀出困難などの気道クリアランス低下症状が診断の契機となっていた. 経鼻胃管挿入と経鼻胃管症候群発症までの時間的関係は明らかではなく, 経鼻胃管のサイズと経鼻胃管症候群発症の関連も明らかではなかった.
経鼻胃管挿入後に遷延する咽頭痛や新たに出現した吸気性喘鳴, 呼吸困難, 嚥下障害, 喀痰喀出困難などの気道クリアランス低下症状は, 経鼻胃管症候群を強く疑う所見であり, 速やかに喉頭内視鏡を行う必要がある. 喉頭内視鏡で披裂部の浮腫や声帯外転麻痺を認める場合には経鼻胃管を抜去し, 必要に応じて適切な気道管理を行う必要がある.