抄録
機械構造物の構造最適化法は,寸法最適化,形状最適化,トポロジー最適化の3つに大別される.形状最適化の代表的な手法としては,力法とベーシスベクトル法がある.力法は,有限要素モデルにより形状を表現するため,外形形状を明確に表現できる.また,ベーシスベクトル法では,最適形状が複数の形状基底ベクトルの重み付き総和で表現されることを前提にして最適構造を得るため,簡易に最適構造が得られる.他方,トポロジー最適化は,最適設計問題を,与えられた設計領域内における材料分布問題に置き換えることにより,構造物の形状だけでなく,構造物の形態をも変更可能な,最も自由度の高い構造最適化を行える.これらの構造最適化法は上記の長所を持つ一方で,以下に記す問題点も持っている.力法は,有限要素モデルにより形状を表現するため,最適化の過程で大幅に形状が変化する場合には,有限要素がゆがむ問題点を持つ.ベーシスベクトル法では,外形形状が基底形状ベクトルの選び方に強く依存するため,前もって予想し得ない最適形状は得られない.トポロジー最適化は,最適設計問題によっては,外形形状が明確に定義できないグレースケールを持つ最適構造を解として導く.以上のような問題を克服しうる構造最適化法として,レベルセット法に基づく構造最適化法が提案されている.レベルセット法は,外形形状を表現する方法の1つであり,外形形状を,線や面として直接表現するのではなく,1次元高位のレベルセット関数を用いて表現する.このため,レベルセット法に基づく構造最適化法では,物体領域と空洞領域の混在が許容される設計領域において,外形形状の変動をレベルセット関数の変動に置き換えて最適化を行う.これまでに,幾人かの研究者によって研究事例が報告されており,物理的に妥当な最適構造を得られることが示されている.レベルセット法に基づく構造最適化法は,穴の数を減らす形態の変化は可能であるものの,穴の数を増やす形態の変化は基本的に不可能である問題点を持つが,この問題点についても,トポロジカルデリバティブと呼ばれる,構造物に微小な穴をあけたときの目的汎関数の感度を用いて,穴の数を増やす形態の変化を可能にする方法が提案されている.しかしながら,従来の研究で提案されている形態変更の方法は,トポロジカルデリバティブの値が比較的小さい領域が設計領域の多くの部分に存在する問題では,適切な形態変更を行うパラメータを決定するのが困難である問題点を持つ.さらに,体積制約条件を持つ構造最適化問題の場合,設計領域全域が物体領域で占められる初期状態から,最適化の過程において,体積制約条件を満足するように体積を変化させる方法が必要になるが,その方法については検討されていない.また,物体境界から十分内部にある領域に穴をあける方法についても検討されていない.そこで本論文では,機械構造物の平均コンプライアンス最小化問題について,トポロジカルデリバティブを用いて穴の数を増やす形態の変化を可能にし,安定して最適構造を得られる,レベルセット法に基づく新しい構造最適化法を構築した.すなわち,安定して形態変更を行う新しい方法と,設計領域全域が物体領域で占められる初期状態から体積制約条件を満足するように体積を変化させる方法と,物体境界から十分内部にある領域に穴をあける方法を構築し,これらの方法に必要な各種パラメータの適切な設定値について検討した.また,物体領域を滑らかに表現するための新しいフィルタリングの方法を開発し,新しい構造最適化法に取り入れた.本論文では,2次元平面応力状態における平均コンプライアンス最小化問題を数値例として解き,本論文で構築した新しい構造最適化法を用いることにより,最適化の過程において穴の数が増える形態の変化が起こり,最終的に妥当な最適解が得られることを示した.また,新しいフィルタリングの方法を用いた場合と用いなかった場合の最適解を比較し,その有効性を検証した.さらに,筆者らが提案している再初期化法を用いることにより,トポロジカルデリバティブに基づいて穴をあける場合においても,安定してレベルセット関数を再初期化することが可能であることを示した.