抄録
熱エネルギーと電気エネルギーの相互変換を可能とする素子として熱電素子がある.この熱電素子の異なる適当な二箇所に電位差を与えると,素子内を熱が移動し,その結果,温度差を発生するペルチェ効果が生じる.このような効果を利用した熱電素子は,稼働部を持たないため,エネルギーの変換時に機械的な振動,騒音を発生せず,高い信頼性を持つ.これらの利点を活かし,冷蔵庫や精密機器などの高品質な温度制御モジュールとして,熱電素子は広く利用されている.また,熱電素子は小型化が可能であるため,MEMSへの応用も試みられている.さらに,熱電素子により生じる温度差を利用して,構造物の熱変形を特定の方向に生じさせることが可能となれば,熱アクチュエータを実現できる.しかし,従来までの熱変形を利用したアクチュエータは,幾つかのMEMSへの応用が報告されているものの,加熱のみによる熱変形を利用したものであり,熱電素子を用いて冷却による熱収縮を利用し,その機能の向上を図った方法論の報告はなく,その形態・形状設計は未踏の課題となっている.これらの課題を解決し,数学的・力学的理論により合理的に設計する方法として,構造最適化の適用が考えられる.特に,トポロジー最適化は,構造の形状だけでなく,形態の変更をも可能とし,大幅な機能の向上が期待できる.トポロジー最適化の基本的な考え方は構造形状決定問題の材料分布問題への置き換えである.これにより,従来のトポロジー最適化は,グレースケールと呼ばれる構造の境界が不明瞭な構造を解として許容している.このため,工学的には意味をなさない構造が最適解として得られる場合がある.このような問題を解決するための手法がいくつか提案されているものの,抜本的な解決には至っていない.他方,近年,新しい構造最適化の方法として,レベルセット法に基づく構造最適化が提案されている.この方法では,レベルセット関数の等位面により物体境界を表現し,その関数を時間発展させることで,形状変更を表現する.上述のトポロジー最適化においては,グレースケールを含む構造を解として許容していることに対して,レベルセット法においては明確な境界が存在する.しかしながら,従来までに提案されている方法は,基本的に構造の境界変動による形状最適化の考え方に基づいており,物体領域に穴が創出されるような形態変更は許容されていない.さらには,初期構造など,パラメータ設定によっては,適切な最適化が行えない問題を持つ.そこで本論文では,レベルセット法による形状表現を用いた,フェーズフィールド法の考え方に基づくトポロジー最適化を提案する.この手法では,仮想的な界面エネルギーを目的関数に加えることで.最適化問題の正則化を行っている.さらに,時間発展方程式に基づいて,レベルセット関数を更新することで最適解の候補を得る.これにより,物体領域に穴が創出されるような形態変更を許容,グレースケールを含まない明瞭な境界を持った最適構造を得る.この手法を,熱電素子を利用した熱アクチュエータの設計問題に応用した.まず,熱電効果の温度場,電位場の連成問題を解析するための平衡方程式を導いた.続いて,熱電素子を利用した熱アクチュエータの設計要件を明確化した.熱アクチュエータに必要な機能は,目的とする方向に変位する柔軟性とワークピース等からの反力に抗する剛性である.そこで,相互平均コンプライアンスの考え方に基づき,ばね要素を境界に設置することで双方を満たす目的関数を設定した.さらに,その目的関数に基づき最適化問題の定式化を行い,変位場,温度場,電位場,レベルセット関数の解析に有限要素法を用いた最適化アルゴリズムを構築した.最後に,簡単な2次元の数値例により,本論文で提案する手法の有効性を検証し,その結果,本手法により,境界が明確で,物理的に妥当なアクチュエータの構造が得られることを確認できた.