重症心身障害児・者の異常な嚥下パターンは,舌突出嚥下とそれが極端になったと考えられている逆嚥下以外報告されていない.今回,3歳から55歳までの92名の重症児・者の食事場面を外部観察により嚥下パターンを抽出し,それらの機序の解釈を試みた.結果,(1)「口唇を閉じて嚥下」,(2)「逆嚥下」,(3)「舌を上口唇と下口唇の間に挿入して嚥下」,(4)「舌を上歯列と下歯列の間に挿入して嚥下」,(5)「舌を上歯列と下口唇の間に挿入して嚥下」,(6)「上歯列で下口唇を軽く噛んで嚥下」,(7)「口唇は閉鎖せず,上歯列と下歯列を接触させて嚥下」,(8)「開口の状態で,舌尖部を上歯列の舌側に接触させて嚥下」,(9)「開口の状態で,舌尖部を下歯列の舌側に接触させて嚥下」,(10)「舌は口腔内で,わずかに開口して嚥下」が確認された.重症児・者の多くは哺乳のための乳児嚥下から摂食のための成人嚥下へ発達する離乳中期までの口腔機能に停滞していると報告されており,10通りのパターンは乳児嚥下と成人嚥下の機能の一部を用いて新しい食環境に適応するために生じたものとも考えられる.乳児嚥下と成人嚥下の条件は共に“舌の固定”,“顎位の安定”,“口腔前方部の閉鎖に伴う口腔の隔離”であると考えられ,この3条件について観察されたパターンを検討した.「逆嚥下」は3条件全てを満たさない特異なパターンであり,その他の舌突出嚥下の(3),(4),(5)は単に舌突出の程度の相違ではなく,3条件を満たすための舌,口唇,及び歯列の用い方の相違であると考えられた.また,(8),(9),(10)は“口腔前方部の閉鎖に伴う口腔の隔離”は満たしていないが,「逆嚥下」以外の残りの6パターンと同様に“舌の固定”と‘顎位の安定”は満たしている.つまり,多様にみえるパターンは,“口腔前方部の閉鎖に伴う口腔の隔離”による誤嚥の予防よりも,食物の摂取を優先するために“舌の固定”と“顎位の安定”を図る結果,生じたものと推論された.