2005 年 9 巻 2 号 p. 206-212
舌癌切除後には実質欠損部の縫縮や皮弁による再建によって,食塊形成や保持,移送の障害が生じ,摂食・嚥下障害が後遺する症例が少なくない.このような症例に対して,口腔内に生じた死腔の減少を目的に舌接触補助床Palatal Augmentation Prosthesis(PAP)を装着し,咀嚼,嚥下,発音機能の改善を試みることがある.しかしPAP装着による嚥下機能の変化を客観的に評価した報告は多くはなく,さらに咽頭領域の嚥下圧の変化についての報告はない.
本研究では,舌部分切除を施行した症例に適応したPAPが嚥下機能に与える影響を,VF画像と嚥下圧波形を同期させるManofluorography(MFG)を用いて定量的に解析し検討した.
対象は左舌腫瘍T3N1M0の診断のもと,可動部舌半側切除術,左上頸部郭清術を施行した症例である.舌の可動域に制限があり,VF検査で口腔相において食塊の送り込みに障害を認めた.そのため舌と口蓋との接触関係の改善,咬合改善を目的としたPAPの製作を行った.MFGは,舌根部,下咽頭部,食道入口部にセンサーを有するカテーテルチップ型圧力トランスデューサーを使用し,PAP装着,非装着下で施行した.解析項目は舌根部,下前頭部の最大嚥下圧値,舌根―咽頭後壁の接触時間,咽頭通過時間とした.
その結果,PAP装着により下咽頭部の圧は有意に低下し,舌根と咽頭後壁の接触時間は軽度延長,咽頭通過時間は有意に短縮した.
下咽頭部で得られる陽性波は,食塊が下品頭部を通過した後に出現する下咽頭の収縮を反映しており食塊後端を駆出すると考えられている.舌による食塊の送り込みに障害がある状態では,咽頭後壁の収縮力の充進により,代償的な嚥下を行っていたと考えられるが,PAP装着により咽頭後壁の収縮は緩和され下咽頭圧の低下が認められたと考えられる.これは,PAP装着により「楽に飲めるようになった」という主観的評価を裏付けていると考えられる.