抄録
MSWの役割には, 経済・社会・法的問題を解決する場合の能動的, 指示的, 指導的, 積極的役割と, 心理・家庭・心理社会的問題を扱う場合の受動的, 支持的, 受容的, 中立的役割がある. 最近は「精神医学的透析困難症」と呼んでよいような, 順調な透析がてきにくい一群の人々が増えつつあるように思われる. こうした例のなかから, 複雑な家庭病理を有するいわゆる人格障害の透析患者の1例をとりあげ, このケースの治療を通して生じてきた問題を示しながら, 治療者がその過程て味わされる「陰性感情, 逆転移の問題」について考えた.
症例は23歳の独身女性て, 演技的, 自己愛的, 境界線上人格障害の特徴を備え, さらに反社会的な面もあわせ持っている. この患者がさまざまな問題行動を繰り返し, そのために透析治療がいろいろな形で障害される. これに対しこの患者の両親は, 患者に対し否定的, 拒絶的, 逃避的である. 当然のことながら, 毎日この患者の透析に携わる治療スタッフにも患者に対する否定的な感情が生まれてくる. こうした状況のもとで, この患者のケースワークがMSWに依頼されてくることになり, 先述したMSWの後者の役割が始まることになる. しかし, 実際にはそのケースワークは困難をきわめ, その中て担当のMSWも, 患者に対し, あるいは患者の両親に対しても, さらには診療スタッフに対してもいやでも否定的な感情を抱かざるを得なくなる. これがMSWが体験する「陰性感情, 逆転移感情」である. しかし, 治療には陰性感情, 逆転移感情というものはつきものであり, むしろそれらの起こらない治療は, 表面的, 形式的なものてあるといえる. こうした場合, 大切なことは, MSW自身が自分の心の中に起こっているそうした感情に十分気づいていることである. そのためには, 教育的準備, パーソナリティ上の準備, 実践上の準備の3つの準備が必要であると考える.