2025 年 26 巻 1 号 p. 11-20
本研究は,亜臨界流体を用いる新奇抽出法の開発,ならびに,技術革新による発酵食品の菌叢解析の実践,および未知微生物の新奇な単離方法に関する.食品由来成分の効率的抽出法の確立を目標に,含水有機溶媒を用いる亜臨界流体抽出法を考案した結果,従来の亜臨界水抽出法に比べて抽出効率が向上することを見出した.さらに,小スケールの亜臨界抽出反応システムを開発し,和種薄荷精油の主要成分に対する熱分解特性の解明に応用した.また,伝統自然発酵食品である野菜発酵液(コウソ液)の菌叢解析を行い,未知の乳酸菌が優勢的に存在することを見出した.本菌は難培養菌の特性を有し,当初は純粋培養ができなかったが,筆者が考案した特殊な分離方法により純粋培養に成功し,単離した新菌をApilactobacillus kosoi と命名した.さらに,共同研究により,本菌の腸管免疫賦活活性が非常に高く,その細胞壁成分に含まれる新奇リポテイコ酸が免疫賦活に寄与していることを明らかにした.
This study focuses on the development of a novel extraction method using subcritical fluids, the application of innovative techniques for analyzing the bacterial community of fermented foods, and the establishment of a novel method for isolating an unknown microorganism. To achieve efficient extraction of food-derived components, a subcritical fluid extraction method employing aqueous organic solvents was devised. The results demonstrated improved extraction efficiency compared to conventional subcritical water extraction methods. Additionally, a small-scale subcritical water treatment system was developed and applied to elucidate the thermal degradation characteristics of major components in Japanese peppermint essential oil. Furthermore, a bacterial community analysis of a traditional naturally fermented vegetable beverage (kôso liquid) revealed the dominance of an unknown lactic acid bacterium (LAB). This LAB exhibited characteristics of being difficult to culture, and pure culture was initially unachievable. However, a novel isolation method devised by the author enabled successful pure cultivation. The newly isolated LAB was named Apilactobacillus kosoi. Collaborative research further demonstrated that this bacterium exhibits remarkably high intestinal immunomodulatory activity. It was clarified that a novel lipoteichoic acid component in its cell wall contributes significantly to its immunostimulatory effects.
「食品有用資源」とは,私たちが日常的に消費する食品の原料となる自然の資源を指す.これには,動植物,海産物,菌類,微生物など,食べ物として利用できるあらゆる生物やその生産物が含まれる.人口増加と地球温暖化が原因で,食糧問題が深刻化している.2024年時点での世界人口は約82億人,2037年には90億人に達すると予測されており,食糧需要が急増し,環境負荷も増大する見込みである.一方,食糧を加工する際に,農産廃棄物や未利用資源が多く発生する.これらの資源を有効活用できれば,持続可能な環境維持や新たな食品素材の開発に繋がる可能性がある.
これらの食品有用資源を活用するためには,従来とは異なる処理方式を導入することで,さらなる可能性を創出できる.その中でも,亜臨界水処理は非常に有望な方法である.亜臨界水とは,高温・高圧状態の水であり,通常の大気圧下での沸点である100°Cを超え,臨界点温度である374°Cよりも低い温度の水のことを指す.高圧下で液体状態を保ちながら,温度が上がるにつれて亜臨界水のイオン積も増加し,最大で常温におけるそれの1000倍近くに達する.このため,亜臨界水は強力な分解作用および触媒作用を有する.また,亜臨界水は,温度上昇に伴い,誘電率が低下して疎水性が高まり,非極性物質の溶解度が上昇し,抽出効率が向上する.亜臨界条件下での処理後,沸点以下の温度に下げれば,通常の水に戻るため,安全で,環境に優しい特徴もある[1](Fig. 1).
Characteristics of subcritical water. (a) Phase diagram of water. (b) Relative dielectric constant and ion product of water at different temperatures.
ところで,食品有用資源にはその有用性や機能が未解明な資源も含まれる.微生物の働きにより作られる発酵食品もその一例である.経験に基づく伝統製法や自然発酵プロセスで製造される多くの発酵食品が存在する.健康志向の広がりで,発酵食品の様々な機能性が注目されているが,伝統食品でありながら,機能性に関して未解明の部分が多く,このジャンルに食品有用資源の拡大の可能性が秘められている.機能性メカニズムの解明には,機能性成分を分離・同定することが不可欠である.しかしながら,伝統自然発酵食品の組成は多種の成分と菌からなり,機能性成分の特定や生理活性メカニズムの解明は難しいのが現状である.
本解説では,著者が取り組んできた亜臨界水・亜臨界流体を用いた新たな抽出法ならびに抽出物の評価方法について述べる.また,発酵食品の機能性成分の解明に対し,新奇な手法の導入,およびその後導かれた研究展開について紹介する.
高温・高圧条件の亜臨界水を用いた抽出法の特徴として,化学反応や熱分解反応に留意する必要があり,食品由来物質の抽出に利用できる温度には上限がある.例えば,農産廃棄物である脱脂米糠を材料に,亜臨界水を用いた抽出を行う場合,180°Cを超えると,短時間(5 min)の抽出でも,炭水化物の抽出量の減少が観察される[2].その原因は,糖類の熱分解が生じるからである.さらに,200°C以上の温度で処理すると,その分解過程は単純な1次反応速度式では表現できず,単糖の分解により生じる酸性物質により,分解反応が加速する.亜臨界水の性質を変化させる手法として,とくに疎水性向上の目的に,有機溶媒の添加が効果的である.有機溶媒を添加した場合の亜臨界状態の液体を,亜臨界流体と呼ぶ.食品加工に使用可能な有機溶媒として,エタノールとアセトンが挙げられる.エタノールとアセトンの臨界点はそれぞれ241°Cと235°Cであるため,これらの有機溶媒を含む亜臨界処理を行う際には,温度を臨界温度以下に調整する必要がある.
2.1 脱脂米糠由来の亜臨界水抽出物の抗酸化能の評価農産廃棄物である米糠は,玄米の外皮であり,重量の約10%を占める.米油の原料として使われているが,抽出後の脱脂米糠は廃棄物として処分される.しかし,脱脂米糠には,糖質,タンパク質,フェノール性物質などの有用成分が含まれている.筆者は,亜臨界水を用い,脱脂米糠から抗酸化物質をはじめとする有用成分の抽出条件と抽出効率の検討を行った.バッチ式抽出の条件下,所定温度を250°Cに設定し,昇温速度を0.75, 1.0, 2.0, 4.0°C/minに変化させて抽出を行った結果,昇温速度が抽出率と正の相関を示すことを明らかにした.この抽出物によるリノール酸の自動酸化に対する抗酸化能を評価した結果,速い昇温速度で得られた抽出物のほど,リノール酸の自動酸化に対する誘導期を延長することを見出した[3].
抽出物の抗酸化能の化学的評価方法として,ヒドロキシルラジカル(OH・),ペルオキシルラジカル(AAPH),次亜塩素酸イオン(ClO-),ペルオキシ亜硝酸イオン(ONOO-)に対するミオグロビンの構造変化を指標とする評価,および1,1-ジフェニル-2-ピクリルヒドラジル(DPPH)ラジカル消去能の評価を行なった.ミオグロビンの構造変化は、分光光度計を用い409 nmの吸光度測定により評価し,DPPHラジカル消去能は,同じく分光光度計を用いて516 nmで測定した.脱脂米糠抽出物に含有される抗酸化物質の活性は,5軸のレーダーチャートを用いて包括的に評価され,その結果,活性酸素種の生理的機能の解明に寄与した[4,5].
脂肪酸に対する直接的な抗酸化能の評価法としては,多価不飽和脂肪酸であるリノール酸がもっともよく使われる.疎水性の抗酸化性物質は,油との親和性が高く,脂肪酸に対する抗酸化効果が高いと直感的には思われるが,実際にはそうならないケースがほとんどである.その原因は,ポーラーパラドックス(polar paradox)という現象が起こるからである.ポーラーパラドックス現象とは,親水性の抗酸化物質が,油系(バルクオイル系)においた脂肪酸に対して抗酸化効果が高いことをいう,一方,疎水性の抗酸化物質は,水中油滴分散系(O/W エマルション)においた方が脂肪酸に対して抗酸化効果が高い[6].そのメカニズムとして,バルクオイル系の場合,親水性抗酸化物質が気泡と油相の気液界面へ凝集していくため,脂肪酸と酸素の接触が遮断されるためと考えられている.O/W エマルション系では,疎水性抗酸化物質が疎水性相互作用によって脂肪酸(油滴)の周りへ凝集し,脂肪酸の酸化反応が抑制されると考えられる(Fig. 2).各温度(120-240°C)の亜臨界水で得られた脱脂米糠抽出物を用いて,得られた抽出物の脂肪酸に対する抗酸化能をバルクオイル系およびO/W エマルション系で評価した結果,240°Cの亜臨界水抽出物は,バルクオイル系においても,O/W エマルション系においても,他の温度の抽出物よりも酸化誘導期間を延長した [7].すなわち,高温(240°C)の亜臨界水を用いた場合,ポーラーパラドックスに従わない物質を抽出できることが示された.
An illustrative diagram depicting the behavior of hydrophilic and hydrophobic substances in oil-based system (bulk oil system) and aqueous system (O/W emulsion).
亜臨界水のもつ高いイオン積が高い加水分解能力を付与する一方,高温での物質の分解により,抽出率が下がる場合もある.すなわち,水を用いた亜臨界抽出では,温度の制約により,その抽出効率には限界がある.筆者は,従来の亜臨界水抽出と比較し,抽出効率の高い含水有機溶媒を用いた新奇亜臨界抽出法を考案し,優れた特性を有することを見出した.すなわち,亜臨界水抽出と含水有機溶媒(エタノール,アセトン)による亜臨界抽出との抽出効率の違いを比較・検討した結果,亜臨界水抽出法に比べて含水有機溶媒を用いた亜臨界抽出法は,抽出効率が顕著に向上することを見出した[8,9] (Fig. 3).
Effects of acetone and ethanol concentrations on the extraction of defatted rice bran under subcritical conditions. (a) The extractions using acetone were conducted at 230°C for 5 min. (b) The extractions using ethanol were conducted at 237°C for 5 min. VC represents vitamin C or ascorbic acid.
疎水性物質を溶解するメカニズムとして,亜臨界水抽出の場合,温度上昇に伴い比誘電率が低くなり,疎水性物質に対する溶解度が上昇して抽出効率が上がると考えられる.一方,含水有機溶媒による亜臨界抽出では,抽出溶媒自体の疎水性が高くなることに加えて,抽出された物質の溶解度が向上することにより,抽出効率の向上につながったと考えられた.一方,水のイオン積が,抽出効率の向上に寄与するか否かを確認するため,50%(v/v)含水有機溶媒と100%有機溶媒を用いて,亜臨界条件下での物質の抽出効率の違いを解析した結果,50%(v/v)含水有機溶媒は100%有機溶媒に比べて高い抽出効率を示し,水のイオン積の高い方が抽出効率の向上に寄与することが示された[8,9] (Fig. 3).
2.3 溶媒分画法を用いた抽出物の特性評価脱脂米糠抽出物の特性を明らかにするため,溶媒分画物の評価を行なった.脱脂米糠の亜臨界水抽出物に対し,エタノール,アセトン,酢酸エチルを用いて分画を行い,各分画物のDPPHラジカル消去能を評価した結果,これらの分画物の抗酸化能がコントロール(亜臨界水抽出物)に比べて倍増したこと,さらにアセトン分画物の効果がもっとも高いことを見出した.次に,各亜臨界流体(20%(v/v)エタノール,40%(v/v)アセトン,80%(v/v)アセトン)で得られた抽出物をアセトンで分画し,アセトン画分の抗酸化能を評価したところ,40%(v/v)アセトンによる亜臨界流体抽出物のアセトン分画物が亜臨界水抽出物と比べ,DPPHラジカル消去能が4倍以上に増加した(Fig. 4).さらに,抗酸化メカニズムを解明するため,油脂の酸化安定性測定法であるランシマット法(Rancimat method)およびリノール酸メチルの自動酸化試験を行った.各脱脂米糠抽出物およびそれらのアセトン分画物はリノール酸の酸化誘導期を延長したが,自動酸化における酸化速度定数には影響を与えなかった.これらの結果から,亜臨界抽出物およびそれらのアセトン分画物中の活性物質は,脂質酸化の初期段階で生成されるラジカルを効果的に捕捉できるが,連鎖反応段階でのラジカルに対しては効果的ではないことが示唆された [10].
Antioxidative activity of acetone-soluble and acetone-insoluble fractions of defatted rice bran extracts obtained using aqueous organic solvents under subcritical conditions. The extraction solvents used were water, 20% (v/v) ethanol, 40% (v/v) acetone, and 80% (v/v) acetone. Antioxidative activity was evaluated through measurements of DPPH radical scavenging activity and a rancidity test based on Rancimat method.
筆者は,米糠のほか,北海道北見地方の特産品である和種薄荷を材料とした亜臨界水抽出法とその抽出物の評価に取り組んだ.これまで,薄荷から精油を抽出するためにもっとも一般的に用いられる方法は水蒸気蒸留法であるが,この方法により抽出できる成分は揮発性成分に限られ,糖類やタンパク質,フェノール性物質などの他の有用成分の価値を十分に評価することはできなかった.そこで,和種薄荷に対し,新しい抽出法として亜臨界水抽出法を導入し,抽出条件および得られた薄荷抽出物の特性を評価した.その結果,総炭水化物と総タンパク質の最大抽出量を示す温度は,それぞれ180°Cと200°Cであることを見出した.それらの温度を超えると,炭水化物とタンパク質の熱による分解が加速されることが示された.また,薄荷葉から,亜臨界水を用いることでのみ抽出可能な有用物質を確認した.すなわち,180°Cから260°Cまでの温度範囲で,アポシニン(apocynin)という有用成分が抽出され,抽出液中の濃度が温度上昇に伴い指数的に増加することを見出した[11].アポシニンは,炎症性疾患の治療薬として強い抗炎症効果を有することが知られ,亜臨界水抽出法を用いることにより薄荷葉から抽出できたことは,新たな発見である.
前述したように,薄荷精油の抽出は,水蒸気蒸留法が一般的に用いられるが,筆者は,亜臨界水の特徴を生かした新たな抽出法の開発に取り組んだ.140°C,180°C,220°Cの水の蒸気圧はそれぞれ0.36 MPa,1.00 MPa,2.32 MPaである.このことから,精油は揮発性物質の混合物であるため,亜臨界水抽出(バッチ式)を行ったのち,過熱水蒸気を用いた圧力解放プロセスにより精油を効率的に抽出できると考えられる.すなわち,薄荷精油の抽出に対し,分画可能なリリース型蒸留法を考案し,非揮発性の固形残渣の除去を省略できる抽出法を開発した [12].100°Cから220°Cまでの段階的な各温度で抽出したところ,抽出温度の上昇に伴い,l-メントール,l-リモネン,l-メントンおよびピペリトンの抽出収率は180°Cまでは増加したが,220°Cにおいて減少する傾向が観察された.一方,iso-メントン,3-オクタノールおよびl-メンチルアセテートの抽出収率は,220°Cまでの温度上昇に伴って増加することを見出した.このリリース型蒸留法は,精油のような揮発性成分の混合物に対して,亜臨界水抽出法を応用することで,分画あるいは温度調節により,その組成を調整できることが実証できた.
さらに亜臨界水抽出における薄荷精油の主要成分の熱分解機構を解明するため,アンプル瓶を用いた小スケールの反応システムを開発した.具体的には,1 mLの水と10 µLのサンプルを容量2 mLのアンプル瓶に入れ、ガスバーナーで封じたのち,100 mLの水を入れた容量117 mLの耐圧装置を用い,亜臨界条件下で処理を行った.このシステムでは,240°Cまでの亜臨界水処理ができ,ミリグラム単位でも再現性よく実験できた[13](Fig. 5).アンプル瓶内外に水が存在し,ゆっくり昇温する過程で内外の圧力が相殺するため,アンプル瓶が破損しない.また,10 μL程度の揮発成分を添加する場合でも,分圧の変化によるアンプル瓶の破損を抑えることができた.このシステムを用いて,和種薄荷精油の主要成分の熱安定性(180-240°C,5-60分)を評価した結果, l-メントイルアセテート,l-メントール,ピペリトン,l-メントンの順に耐熱性が高いことが示された.さらに,240°Cで60分処理した際,l-メントイルアセテートがl-メントールに変換し,さらにl-メントールがl-メントン,ピペリトン,チモールに逐次的に変換されることを明らかにした.しかしながら,各成分からチモールに変換されるまでの収率が低かったことから,変換中または変換後に各成分の分解が著しく進行したと考えられる.これらの研究成果は,亜臨界水抽出条件下での薄荷精油成分の分解を解明し,亜臨界水を用いた薄荷精油の抽出条件を最適化するための基礎的な知見を提供した.
Conversion and hydrothermal decomposition of major components of mint essential oil via small-scale subcritical water treatment. (a) An illustrative diagram of small-scale subcritical water treatment. (b) Thermal stability of major components in mint essential oil under subcritical water conditions. (c) Schematic diagram of the conversion and hydrothermal decomposition of the major components of mint essential oil during subcritical water treatment.
味噌,漬物,納豆などの日本の植物性発酵食品のもつ健康増進効果は,原料および発酵微生物,さらには微生物による分解物,微生物による生産物などに由来する複合的な因子によりもたらされるものと考えられる.「酵素液」とよばれる植物性自然発酵飲料は,日本の伝統的な発酵食品の1つであり,多種多様な野菜(または果物)と糖類を発酵させて作られ,機能性のある食品としてここ数十年注目を集めている.「酵素液」という名称は,1930年代にアメリカのエドワード・ハウエル博士や日本の大高信夫氏が提唱した酵素栄養(enzyme nutrition)や食品酵素(food enzyme)の概念に基づいて命名されたといわれている.しかしながら,現代科学に照らし合わせると,エンザイム(酵素)は温度やpHに敏感なタンパク質であり,加熱後にその機能性を維持できるかなどの疑問も湧いてくる.90年前の人々のエンザイムに対する理解が不十分だったこともあるので,「酵素液」を正しく理解するためには,新しい視点や評価方法を取り入れ,その機能性を検証する必要がある.こうした背景のもと,筆者は「酵素液」の名称に対して,エンザイムのニュアンスを避けるため,日本語の音読で「コウソ液(kôso liquid)」と称することを提案する.コウソ液には,糖分が多く含まれているため,独特の甘味がある.市販されているコウソ液製品には,糖分濃度が50%(w/w)以上に達するものもある.コウソ液の機能性と生理作用に関する研究として,抗酸化作用やラット胃粘膜のエタノールによる損傷を保護する効果などのいくつかの報告はあるものの,その有効成分とメカニズムに関する報文は乏しい.そこで筆者は,発酵食品のもたらすさまざまな微生物因子(プロバイオティクス,プレバイオティクス,バイオジェニックス)に着目し,コウソ液に存在する微生物の菌叢解析から検討を始めた.研究を開始した当時,菌叢解析の方法として,サンガーシーケンシングや変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE)などが使われていた.しかし,これらの方法は菌株の単離および純粋培養が解析可能であるための必要条件となるが,マイナーな菌株や難培養性菌株の解析には適さず,菌叢全体を網羅的に把握することは困難であった.そこで,筆者は東京大学との共同研究により,発酵食品であるコウソ液の菌叢解析に対して,初めて次世代シーケンサー(NGS)を導入し,発酵過程の菌叢の経時変化を解析した.NGS法では,個々の菌を単離培養する必要がないため,コウソ液のサンプルから直接DNAを抽出し,16S rRNA遺伝子をシーケンスすることで,菌叢全体の構成を網羅的に解析することができた[14] (Fig. 6).20種類以上の野菜と高濃度(50%(w/w))の糖を原料とした工業的スケールでの自然発酵液を研究対象として解析した結果,始めの3日間の発酵期間中に,多数の種類の菌が含まれる初発の菌叢から乳酸桿菌科(Lactobacillaceae)を中心とした菌叢に変わり,その占有率は全体の96%以上になることを明らかにした(Fig. 6b).乳酸菌が優勢に生育することで,コウソ液のpHは5.5から4.0まで下がり,発酵工程の安定性の維持に大きな役割を果たしていることが推察された.種レベルの菌叢解析を行った結果,一種類の乳酸菌が50%以上の占有率で優勢的に存在していることを見出し,さらに,この乳酸菌が,これまで発表されていない未知の菌種であることを発見した(Fig. 6c).しかし,この乳酸菌株は,コウソ液中に存在する全菌数の50%以上の占有率を示すにも関わらず,乳酸菌汎用寒天培地(MRS agar)上でコロニーを形成できなかったため,単離および純粋培養ができなかった.
Bacterial community analysis of kôso liquid. (a) Workflow for bacterial community analysis of kôso liquid. (b) Changes in the genus composition of bacterial communities in kôso liquid during the 10-day fermentation of two batches. Both Lactobacillus and Leuconostoc belong to family Lactobacillaceae. (c) Changes in the relative abundance of the 50 species in the kôso liquid during the 10-day fermentation. An unknown bacterium, indicated by the arrow, made up more than 50% of the total bacterial count.
微生物を単離し純粋培養を行う従来法としては,寒天などの固体培地に希釈菌液を塗布し,形成したコロニーを採取する手法が一般的である.さまざまな工夫を加えた培地や培養条件下でもコロニー形成できない場合は難培養菌であると判断される.コウソ液中の優勢菌に対して,複数の市販培地やさまざまな工夫を加えた自作培地を用いて単離培養を試みたが,その優勢菌はコロニー形成しなかったことから,難培養菌であると判断した.そこで筆者は,固体培地上ではコロニー形成できないが,液体培地中でコロニー形成を確認できたら単離可能であると考え,極限希釈法を応用した特殊な単離培養法を考案し,液体培地中にコロニー形成させることに成功した [15] (Fig. 7).
The isolation of the difficult-to-culture bacterium from kôso liquid. The formation of colonies in liquid medium was achieved using the dilution-to-extinction method. The pure culture was confirmed by scanning electron microscopy and colony formation on modified MRS agar.
単離した菌体を液体培地で純粋培養し,抽出した遺伝子に対し,PCRで16S rRNA遺伝子領域を増幅し,シーケンサーで16S rRNA遺伝子の配列を確認した.そして,遺伝的・表現型の解析を行った結果,この優勢菌が新種の乳酸菌であることを明らかにした.この菌は,分離源にちなんでLactobacillus kosoiと命名した.Lactobacillus kosoi は,2018年1月に論文掲載後,同年9月にInternational Journal of Systematic and Evolutionary Microbiologyの【VALIDATION LIST NO. 183】によってこの学名は有効なものと認定された.さらに,2020年Zhengらの乳酸菌属分類の再編によって,Lactobacillus属からApilactobacillus属に帰属されたので,Apilactobacillus kosoiという学名になった [16].Apilactobacillus という属名はapi + lactobacillus からの由来であり,apiとはラテン語で「ミツバチ」を意味する.A. kosoi の類縁種は,主にミツバチまたはその消化管に由来する乳酸菌である.類縁菌の情報から,A. kosoi はフルクトフィリック乳酸菌(好果糖乳酸菌)の一種であることが判明した.A. kosoi が難培養菌と目される理由として,培地中に高濃度のフルクトースが存在しないと増殖できず,Apilactobacillus属の中でも,増殖可能な糖源としてフルクトースに対する選択性がもっとも高い特性を有しているからである [15].
3.3 A. kosoi 生理機能性善玉菌である乳酸菌の機能性として,宿主に対する免疫賦活機能や免疫調節機能はよく知られている.筆者は石川県立大学との共同研究により,A. kosoi はマウスモデルで宿主細胞の免疫グロブリンA(IgA)の分泌を促進することを見出した.IgAは,抗体の一種であり,腸管免疫系のなかで,病原菌などの排除と腸内環境の維持の2つの機能性を有しているといわれている.A. kosoi を初めとし,比較対象を含む30種類の乳酸菌について,マウス小腸パイエル板におけるIgA産生促進活性を評価した結果,A. kosoi はIgA産生促進効果に対し,トップレベルの機能性を有することを明らかにした.さらに,生菌体だけではなく,加熱(70°C,30分)処理した死菌体でも同じ効果を有することを明らかにした [17] (Fig. 8).このことから,A. kosoi の菌体(構成成分)はバイオジェニックスとしての免疫賦活活性を有することを明らかにした.
Relationship between 30 strains of lactic acid bacteria and their IgA-inducing activity, and an illustrative diagram of gram positive bacterial cell wall.
ところで,乳酸菌に含まれる免疫賦活活性物質のひとつとして,リポテイコ酸(lipoteichoic acids,LTAs)が挙げられる.プロバイオティクスであるLactiplantibacillus plantarumとLacticaseibacillus rhamnosus に含まれるリポテイコ酸は,さまざまな機能性を有していることが報告されている.筆者は石川県立大学・札幌医科大学との共同研究により,Apilactobacillus属の3菌種(A. apinorum, A. kunkeei,A. kosoi)とL. plantarum およびL. rhamnosus の細胞壁成分であるLTAs をそれぞれの菌種から抽出・精製し,免疫賦活活性の評価を行なったところ,Apilactobacillus属のLTAs が高い免疫賦活活性を有すること見出した.さらに,Apilactobacillus 属乳酸菌のリポテイコ酸と他の乳酸菌のリポテイコ酸の構造を比較した結果,Apilactobacillus 属乳酸菌のリポテイコ酸は,糖脂質に結合したポリグリセロリン酸の側鎖として従来から知られているd-アラニンとは異なり,l-リシンを含む新奇な構造を有するリポテイコ酸であることを解明した.この新奇な構造と免疫賦活活性の関連性を確認するため,A. kosoi から抽出したLTAsのl-リシンを削除し,免疫賦活活性を評価した.その結果,この新奇なリポテイコ酸が高い免疫賦活活性を有する理由として,l-リシンの付加が大いに関与していることを明らかにした [18] (Fig. 9).その他,A. kosoi は免疫賦活活性とともに,抗うつ効果,抗老化効果,抗肥満効果などさまざまな生理機能を有していることが共同研究などによって判明した[19-21].
Novel lipoteichoic acid derived from Apilactobacillus kosoi and its immunostimulatory activity. (a) Chemical structure of lipoteichoic acid (LTA). (b) The partial substitutions of poly-glycerolphosphate and their relative proportions. (c) The IgA-inducing activity of LTA and de-L-lysine LTA.
本研究は,食品中の有用資源の有効性を評価し,科学的な解明を行う目的で,既存の研究手法や常識にこだわることなく,新しい技法や工夫により遂行したもので,基礎研究分野のみならず産業面でも有用な成果を上げることができた.
本研究は,京都大学大学院農学研究科,アルソアR&Dセンター,並びに北見工業大学で実施した.本研究の一部である亜臨界流体に関する研究についてご指導を賜りました京都大学名誉教授の安達修二先生ならびに小林敬先生に,心より厚く御礼申し上げます.乳酸菌の研究に関しまして,ご指導・ご鞭撻を賜りました和歌山大学の山本憲二客員教授,順天堂大学の服部正平教授,理化学研究所の須田亙博士,北里大学の大島健志朗准教授,石川県立大学の松﨑千秋講師,札幌医科大学の横田伸一教授・白石宗助教,アルソアR&Dセンターの高橋知也博士に,心より感謝申し上げます.また,本研究は多くの方々のご協力があってこそ実施できました.すべての関係者の皆様に深く感謝いたします.