抄録
ケンブリッジ大学に 1911 年収蔵された,近代ナイジェリア人の歯科疾患および頭蓋に現れたストレスマーカーについて考察した。近代ナイジェリア人にはう蝕が 1 本もなく,喪失歯も低く抑制されていた。これは,70〜80 年後に窪田らが 20 世紀末のナイジェリア人を調査した結果と,ほぼ同様である。また,エナメル質減形成やクリブラオルビタリア,porotichyperostosis などのストレスマーカーは認められるものの,その程度は軽症であり,このことは重症化するようなストレスにさらされた個体は,生存がままならなかったと考えるべきで,古病理学的逆説と捉えられる。歯の咬耗度は著しく,日本の弥生時代人に相当するほどである。その結果,咬合面に生じた軽度なう蝕は,激しい咬耗によって消し去られてしまったことがうかがえる。喪失歯数,咬耗度および歯槽骨の吸収度に関しては,壮年個体よりも熟年個体が統計的に有意に高い傾向を示した。その他の歯科疾患では,右上顎洞炎を示す個体や重度の上顎歯槽骨炎を示す個体が確認された。自然人類学者は古い人骨を扱うが,そこから得られる情報は貴重であり,現代の高齢者歯科医療にも多大な貢献をなしうる。今後は高齢者歯科医療と自然人類学の積極的な協働によって斬新な研究が可能になると期待される。