抄録
農業用水は河川からの取水量が多く,その一部が河川に還元することから,灌漑期の河川流況を決定づける要素の一つである.農業用水の地中浸透量が多い扇状地河川においては,特に,一度地中に浸透した用水の河川への湧出量を定量化することが必要だが,その直接的かつ広域にわたる観測は難しく,扇状地河川における流域水収支には未解明な点が残されている.本研究では,ストロンチウム(Sr)および水素・酸素安定同位体を用いて河川への地下水湧出量を定量化した.
本研究では,鬼怒川の一支流である五行川を対象とする(図1).五行川は典型的な水田水利用がみられる扇状地河川で,その河川水は降水,鬼怒川から供給された灌漑用水および湧出した浅層地下水から構成される.灌漑期(2016年6月)に五行川の河川水(約500m間隔で23地点),井戸水(浅層地下水46地点),農業用水,土壌水,降水を採水し,Srおよび水安定同位体比を分析した. その結果,1)Sr同位体比から推定した地下水成分の混合比は水収支からの算定値とよく一致すること,2)地下水の水安定同位体比は田面水の浸透の影響を受けて時間的に変化するため端成分の定義が難しいこと,3)Sr同位体比により,直接的な観測が困難であった地下水湧出量,特にその時間的変化を定量化できる可能性があることが示された.