最大の淡水湖であるカンボジアトンレサップ湖(TSL)は,雨季にはメコン川からの逆流があり,水位や水面積は大きく変動する.また,TSL流域はメコン川流域の約1割を占めることから,TSLの消長が周辺の水循環に及ぼす影響は大きいと考えられるが,水文観測データが乏しく,湖への地下水流入の有無など未解明な点が多い.酸素・水素安定同位体比は,水循環評価に適したトレーサーであるが,水体間で値の大小があることがトレーサー利用の際の重要な条件である.そこで,TSLの流入・流出成分となる,降水,河川水,地下水,氾濫原の水を対象に定期・一斉採水を行い同位体比の時空間変動特性を行った.広大なTSL流域では降水には時空間変動性が認められたが,その他の流入成分の変動性は比較的小さいことが明らかになった.また,TSLの同位体比変動はヒステリシスがあり,①メコン川からの逆流開始前までは蒸発によって同位体比は上昇し,②9月頃まではメコン川の逆流によって同位体比が低下し,③逆流終了後もその他の流入によって同位体比が低下することを示した.