抄録
患者は70歳,男性。経尿道的膀胱腫瘍切除術を全身麻酔下に施行した。手術107日前に心筋梗塞を発症し,右冠動脈#4房室結節枝にステントを留置していたが,本手術前の心機能は正常と評価されていた。45分間の全身麻酔中,動脈血の酸素化は不良であった。抜管後呼吸困難が出現したため,直ちに再挿管し,人工呼吸を再開した。胸部X線写真で肺水腫を,心エコーで全周性の壁運動低下を認めたため,急性心不全と診断してCCUに入室となった。術後はカテコラミン,冠拡張薬,硝酸薬で循環動態を維持し,術後8日目に抜管,術後24日目にCCUを退出した。術前状態を再検討したところ,術前3週間以内に新たな心筋虚血が生じて心不全が進行していた可能性が,この期間に測定された血漿脳性(B型)ナトリウム利尿ペプチド濃度の増加から,疑われた。心不全が悪化しつつある患者では,短時間の全身麻酔でも非代償性の心不全に陥る危険性があり,詳細な術前評価と慎重な麻酔管理が不可欠である。