2026 年 36 巻 2 号 p. 327-329
本稿では,IBMにおける 100年の技術変遷を,人類5万年のグローバリゼーションおよび科学文明 5000年の系譜の中に位置づけ,情報論がいかに社会論を規定してきたかを考察する.J.スティグリッツが説く「非対称情報の経済学」が指摘した格差に対し,IBMが自動車リサイクル法等で実装した ITガバナンスは,データ定義による透明化という解法を提示した.さらに,量子コンピューティングがもたらす「確率的重ね合わせ」の時代において,筆者が提唱する「 NEXT politics(賢者の政治)」を,人間が意味を確定させる「観測主権」の行使として再定義する.本稿では,T.J.ワトソン親子および L.V.ガースナーの経営哲学を情報の変容過程として捉え直し,「ONE FOR ALL, ALL FOR ONE」の精神に基づき,AIと量子にプロセスの半分を委ねる「積極的選択」が,22世紀の「量子ソフィオクラシー(賢者の量子政治)」へ至る道であることを論証する.