日本レーザー医学会誌
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原著
膀胱癌における光線力学診断
福原 秀雄 井上 啓史
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2019 年 40 巻 1 号 p. 83-86

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Abstract

近年,臨床において癌を正確に診断するために光感受性物質や蛍光物質を用いた術中蛍光ナビゲーションシステムの臨床応用が注目を集めている.蛍光ナビゲーションシステムは次世代型の内視鏡診断技術であり,正確な病変の診断や治療に欠かせない存在になりつつある.泌尿器科領域で展開されている5-アミノレブリン酸を用いた光力学診断の現状および展望について概説する.

1.  はじめに

膀胱癌の好発年齢は,60歳以降の比較的高年齢層に多く,過去10年間において罹患率および死亡率ともにほぼ変わりない.膀胱癌は,無症候性間歇性肉眼的血尿を主訴とすることが多い.しかしながら実臨床において,喫煙歴のある高齢者など高リスク群を対象とした患者に検尿や尿細胞診が有用とされているが,その検出精度が低いという問題がある1,2).やはり膀胱癌の診断では膀胱鏡検査による形態学的評価が最も重要である.膀胱癌は,初めの診断時において臨床病期がTaおよびT1が約60%,平坦病変である上皮内癌(carcinoma in situ: CIS)は2–5%に認められ,約70%が筋層非浸潤性膀胱癌を占め予後は比較的良好な癌疾患である3).この筋層非浸潤性膀胱癌に対する標準的手術療法は,経尿道的膀胱腫瘍切除術(Transurethral resection of bladder tumor: TURBT)であり,内視鏡を用いて腫瘍切除を行うため,低侵襲で膀胱温存が可能な術式である.しかしながら,筋層非浸潤性膀胱癌に対するTURBT後の膀胱内再発率は非常に高率で,複数回TURBTを繰り返し実施する必要があり,臨床において解決すべき緊急課題となっている.この高率な術後膀胱内再発の原因としては,膀胱癌特有の多中心性発癌や膀胱内播種という特性に加え,微小病変や上皮内癌などの平坦病変,隆起性病変に随伴する平坦病変などの従来の白色光源では視認困難な病変の残存であることが知られている.

これらの術後膀胱内再発に関わる白色光源では視認困難な病変を検出するためには,光力学技術の臨床応用が重要である.

近年,光感受性物質や蛍光物質を用いた光力学技術が,癌の蛍光ナビゲーション技術として盛んに研究開発され臨床応用が広まってきている.これらの光力学技術には,光感受性物質だけでなく,専用の光力学診断装置も必要であり,これらの専用装置の発展も目まぐるしく,病変の正確で鮮明な描出に欠かせない.体内に投与された光感受性物質や蛍光物質がリンパ節・腫瘍細胞・血流等に特異的に集積し,特定波長の光を照射し励起すると蛍光発光を示す.この光化学反応を医療技術に応用したものが光力学的診断(photodynamic diagnosis: PDD)である.このような蛍光ナビゲーション技術により,正確な腫瘍の局在やリンパ節の同定,血流の評価等が術中にリアルタイムに可視化され,正確な情報を得る事で,より精度の高い正確な手術が可能となる.

泌尿器科領域では海外において,膀胱癌に対するPDDが多く実施されており,TURBTと併用することで,これまでの視認困難な病変の検出が可能となり,診断精度および治療成績を向上させるとの報告がある.我々の施設でも2004年に膀胱癌に対するPDDを臨床導入し,TURBTと併用することで,これまでの視認困難な病変の検出が可能となり,診断精度が向上することを確認した.さらに,膀胱癌の病変の範囲を正確に捉える事ができ,適切かつ正確な病変切除が可能となり治療成績の向上にも寄与した.このようにPDDを併用することで,膀胱癌の病変の範囲を正確に捉える事ができ,適切かつ正確な病変切除が可能となるため治療成積の向上が可能となる.これまでの当教室におけるPDDの取り組みを含めて,膀胱癌に対するPDDを用いたTURBTについて解説する.

2.  光感受性物質(Fig.1
Fig.1 

The mechanism of red fluorescence in ALA-PDD

第3世代の光感受性物質である5-アミノレブリン酸(5-aminolevulinic acid; ALA)は様々な食品に含まれている天然アミノ酸である.このALAは生体内においては,ミトコンドリア内でサクシニルCoAとグリシンから合成される内因性ポルフィリン物質で,ヘモグロビンの共通前駆体として存在している.このALAは生体細胞においては,ポルフィリン代謝経路によって代謝されていきヘモグロビン合成を行う.具体的には,このALAはトランスポーターにより細胞内に取り込まれると,細胞質内でいくつかの前駆体を経て,ミトコンドリア内において光感受性物質のプロトポルフィリンIX(Protoporphyrin IX; PpIX)に合成される.さらにこのPpIXはフェロキラターゼ等によりヘムやビリルビンへと合成されていく.このミトコンドリア内で合成されたPpIXは光活性を有しており,青色の可視光(375–445 nm)で励起されると,赤色蛍光(600–670 nm)を発光する.これがPDDの蛍光発光のメカニズムである4-6).生体の正常細胞のポルフィリン代謝においては,このPpIXは代謝過程でフィードバック機構が働き,PpIXの生合成は律速段階となる.そのため,正常細胞内には光感受性物質であるPpIXは過剰集積を示さない.一方で,癌細胞においては,ポルフィリン代謝は正常細胞に比べてその特性が変化しており,癌細胞共通の生物学的特性を有しており正常細胞のものとは異なっている.具体的にはポルフィリノーゲンジアミナーゼ活性の上昇やフェロキラターゼ活性低下等のポルフィリン代謝関連酵素活性異常や,細胞膜・ミトコンドリア膜に発現しているトランスポーター発現量異常により,ミトコンドリア内にPpIXが過剰集積を示す7,8).特に尿路上皮においては,正常上皮に比べ癌細胞は9–16倍PpIXが過剰集積するとされる.この癌細胞内のミトコンドリアに過剰集積したPpIXが,青色の可視光(375–445 nm)で励起され,赤色蛍光(600–670 nm)を発光するため内視鏡的に腫瘍細胞の蛍光発光を観察することができる.

3.  膀胱癌におけるPDD/PDD補助下TURBT(Fig.2
Fig.2 

Red fluorescence in bladder cancer

Cancer lesion showed red fluorescence

TURBTにPDDによるイメージング技術を組み合わせる事で,これまで視認困難であった病変の検出を可能とし,膀胱癌病変のマージンを正確に捉える事が可能で,適切かつ正確な病変切除が可能となる.具体的には,TURBT後の術後再発の原因とされている微小病変,異形成,上皮内癌などの平坦病変,隆起性病変に随伴する平坦病変などは白色光源では視認困難であり,PDDによりこれらの病変が蛍光発光を示し正確に診断することが可能となる.これの病変を適切にTURすることで治療成積が改善できる.さらにCIS病変やハイリスク膀胱癌を正確に診断する事により,BCG膀注療法やSecond TURBTなどの後療法をスムーズに実施することが可能となる.

ここから,高知大学における膀胱癌に対するPDDおよびPDD補助下TURBTの取り組みについて概説する.PDDを実施するにあたり,ALA;20 mg/kgの溶解液を術前3時間前(2–4時間前)に経口投与し,膀胱内の蛍光観察は,Karl Storz Endoscopy Japan株式会社製の専用ビデオカメラシステム(Endovision TELECAM SL/IPMPDD System),光源装置(D-Light AF System)および光学視管(PDD telescope 30度)を用いて実施する.このD-Light AF Systemの光源には300 W xenon lampが使用され,励起光は380–440 nmの青色光で,先端出力は50 mWとなっている.この光源装置は従来の白色光モードと蛍光を励起する青色光モードをスィッチで即時に選択的に切り替えることが可能である.

蛍光膀胱鏡をもちいた膀胱生検は,膀胱の各7領域から主に赤色蛍光を発光した膀胱粘膜または白色光源下に異常所見がある膀胱粘膜を系統的な採取を行う.以前の検討においては,全210症例全1,372検体のうち,271検体は蛍光陽性を示し,485検体が悪性と診断された.蛍光診断の診断精度は,感度93.4%,特異度58.9%であり,特に従来の白色光診断に比べて感度は48.7%改善を示した.診断能力としてのreceiver operative characteristic(ROC)曲線下面積であるarea under the curve(AUC)は,蛍光診断(AUC: 0.837)は従来の白色光診断(AUC: 0.713)に比べて有意差をもって上回っていた.このうち膀胱癌99症例においてはPDD補助下TURBTを施行した.術後60ヶ月の無再発生存率はPDD施行群64.4%,PDD非施行群40.4%と有意差をもって膀胱内の再発率を低下させた.本診断法における副作用は6症例(2.9%)で光過敏症,4症例(1.9%)で嘔気,4症例(1.9%)で肝機能異常を認めるのみであった.いずれの副作用もGrade 2以下で一過性のものであった9)

海外においては,膀胱癌に対する最初のPDDの報告は,1996年にKriegmair Mらによって実施され,感度100%,特異度68.5%と従来の診断精度より約20%向上させたと報告している10).これに引き続きZaak DらやHungerhuber Eらが,多数症例においてPDDの有用性を報告している11,12).その報告の中で,特に白色光膀胱鏡で検出できず蛍光膀胱鏡でのみで発見される病変の割合,追加腫瘍発見率が約30–40%と,その有用性を示している.膀胱癌に対するPDDはこのように診断技術として優れているのと同時に,腫瘍の外科的切除の際に切除範囲の決定に非常に重要な役割を果たしている.Filbeck Tらは,PDD補助下TURBTによる無再発生存率はPDD施行群71.0%,PDD非施行群45.0%であり,有意差をもってPDD補助により膀胱内再発率を低下させたと報告している13).さらにHexvixを用いたPDD実施例においてMariappan Pらの報告では,白色光源によるTURBTとPDD補助下TURBTにおける術後再発率の検討を行っている.Mriappan Pらは,白色光源によるTURBTをGood-quality white light TURBT(GQ-WLTURBT)とし,5つの項目を定義している14).1.膀胱領域のマッピング,2.腫瘍の完全切除,3.5年以上の経験年数の術者,4.TURBT切片に筋層が含まれている,5.術後早期のMMC膀注実施.PDD補助下TURBT;370症例とGQ-WLTURBT;438例における術後再発率は,各々13.6%,30.9%であり,有意にPDD補助下TURBTが術後再発率を低下させると報告している.

このようにPDDにより診断精度が向上,術後の膀胱内再発の減少さらに治療成績の向上に寄与すると考えられる.

4.  膀胱癌に対するPDDの展望について

膀胱の部位別の診断精度の検討においては,膀胱遠位部である三角部・膀胱頸部・前立腺部尿道において,特異度の著しい低下を認めた.これらの部位での特異度低下の原因として接線方向から観察すると蛍光が増強される接線効果,血管ノイズ,慢性炎症による影響を受けやすいことが考えられる.膀胱頸部や三角部は硬性蛍光膀胱鏡では接線方向からの観察しかできず,垂直方向から観察する事が不可能だが,軟性蛍光膀胱鏡はカメラの折り返し機能を用いる事により膀胱頸部や三角部を垂直方向から観察可能となる.このように硬性膀胱鏡ではなく,軟性蛍光膀胱鏡を用いることで膀胱の全ての部位を垂直方向から観察する事が可能である.この事により,接線効果を回避でき,PDDにおける接線効果による特異度の低下を改善させる事ができる15)

さらにBCG膀注後は,偽陽性率が上昇することが知られており,最終のBCG膀注後から6ヶ月以上空けてPDDを実施する事が推奨されている16)

さらに,腫瘍部分で励起された赤色蛍光は励起光照射10秒後から照射時間依存的に蛍光強度が減衰し,70秒以降は全く蛍光発光を認めなくなるphotobleaching現象も重要な問題となってくる.長時間の手術においては,蛍光発光が減退し発光部位が認識できなくなることがあるため,手際良い操作が重要である.

これらの工夫によって膀胱癌に対するPDDは診断ツールとしてさらに精度を高めていくと考えられる.

5.  最後に

ALAを用いた光力学診断(ALA-PDD)は,最新の術中ナビゲーションとして非常に有用である.このナビゲーション技術は,泌尿器癌領域はもちろんの事,多方面への臨床展開が期待されている.

利益相反

利益相反あり.本研究は,SBIファーマ株式会社のサポートを得て実施した.

参考文献
 
© 2019 特定非営利活動法人 日本レーザー医学会
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