都市間競争における商業論の分析枠組みとしてCox et al.(1965)の「都市に奉仕する産業」「都市を形成する産業」モデル,都市経済学では移出ベース理論が既存研究として挙げられる。衛星都市の労働者は雇用圏である大都市に立地する産業(企業)へ通勤してきたが,以上のCox et al.のモデルおよび都市経済学の理論では都市間の産業移転を中心に議論されており,産業従事者を消費者としたうえでの「消費者の買い物出向に伴う所得の移転」については議論されてこなかった。同時に,労働による所得と消費の循環も都市間で発生するために大都市を中心に所得が偏在することになる。そこで,衛星都市内商業の活性化のために地元資本型企業主導による小売業の発展により衛星都市内部で事業所得の循環,雇用および消費支出の増加を図り,衛星都市の内生的発展を促すことが必要不可欠であると考え,商業論の観点から新たに都市間競争の枠組みの分析を試みた。
従来,商業論の分野では,中心市街地の衰退が深刻化することにともない,中心市街地の商店街と郊外型ショッピングセンター(以下,SC)との競争が注目され,商業統計や大型店総覧などのデータに基づいて商業集積間競争の実態を明らかにしようとする研究がおこなわれてきた。また大店法が施行(1974年)された時代にまで遡れば,大型店の出店が周辺の商店街などに与える影響を予測するために,ハフモデルを用いた実証研究やその予測精度を向上させる研究が盛んにおこなわれてきた(Nakanishi & Cooper, 1974; Nakanishi & Yamanaka, 1980)。
しかし,通勤・通学途上からの小売店への来店までの距離抵抗を測るには限界がある。さらに重要なことは,従来の研究では消費者の買い物行動を通じて,商業集積間,あるいは集計水準を上げて都市間での売上の争奪戦が行われる結果として,商業集積間ないし都市の盛衰を説明することはできた。しかし,それは都市間の競争,あるいは機能的分担関係の部分でしかない。というのは,都市間の関係は,消費=支出のみならず,通勤による労働力の移動,したがって所得と支出の関係も包摂しているからである。近年,都市間競争は,地域内での経済循環や産業の分業関係を視野に入れた研究が必要とされているにもかからず,従来の商業論では消費という限られた側面でしか分析できないという致命的欠陥を持っていたのである。そこで,都市経済学における移出ベース理論を援用することによって商業論による都市間競争についての分析枠組みを拡張し,都市の産業に従事する労働者の買い物起点とその途上でおこなわれる買い物出向についての視点が必要であるといえよう。
本稿の目的は,従来の商業論における都市間競争の分析枠組みであるCox et al.(1965)の二都市間での「都市に奉仕する産業」「都市を形成する産業」モデル(以下,コックス・モデルという)や都市経済学における移出ベース理論を参考にしながら,これまでの商業論では売上および消費支出の視点でしか地域活性化の議論がなされてこなかったことをふまえ,都市間競争の理論的枠組を拡張することで「消費者の買い物出向に伴う所得の移転」および「地元資本型企業1)主導による衛星都市内商業の発展がもたらす事業所得,衛星都市内部での雇用および消費支出の増加」という観点から分析し,その全体像に迫ることにある。
Cox et al.(1965)は母都市内部2)で生産不可能な財を外部都市に依存するという都市間の関係性について言及している。
Cox et al.は,都市における経済活動には二つのタイプが存在するとし,「その1つは,都市それ自体の内部の人びとに財貨やサービスを提供する産業グループによっておこなわれる。いま1つは,都市の外部に住む人びとに財貨やサービスを提供する産業グループによっておこなわれる」という(Cox et al., 1965, pp. 91–92)3)。そこで前者を「都市に奉仕する産業」,後者を「都市を形成する産業」と定義した。そして都市間の機能分担として,中枢都市を中心に地方衛星都市から生産財を一極に集中させることで都市は成り立っていると考えた。つまり,都市と都市の間には域内で消費活動およびサービス活動をおこなう都市と生産財や工業製品を輸出する都市との間に役割分担が存在するとしたのである。
商業論の分野ではCox et al.の議論はほとんど注目されなかったが,例外は阿部(1996)や宇野(1996,1998)である。宇野は,所得の循環に着目して都市間競争において買い物客の流入-流出関係でみなければならないとし,このような相互関係の都市システムを「都市的流通システム」と呼んだ。
宇野はCox et al.とは異なり,広域な商圏を持つ卸売業(対外的市場取引関係を担う都市的卸売流通システム)と特定の商圏を持つ小売業(対内的市場取引関係を担う都市的小売流通システム)に分け,これらによって得られた所得が都市間でどのように循環しているかについて分析をおこなっている。
「…都市的卸売流通システム間の競争が,対外的市場取引関係の空間的広がり(卸売商圏)に格差を生起させ,広域化した都市的卸売流通システムと狭域化したそれとに分化することになる。同様に,都市的小売流通システムもそこで競争をとおして,対内的市場取引関係の空間的広がり(小売商圏)に格差がみられるようになる。」(宇野,1998,p. 51)という言説からも推測されるように,Cox et al.とは異なり,都市は競争関係にあり,W/R比率の格差によって階層化していく,というのである。
そこで「都市を形成する基盤としての役割を,卸売業に収斂させてしまってよいのだろうか,という素朴な疑問が出てくる。…例えば,W/R比率で各都市を比較すると,1994年時点で大阪市の12.8倍から川崎市の1.3倍までと,中枢都市の間でも10倍近くもの開きがある。製造業の集積にも左右されようが,中枢都市間にこれだけの開きがあると,商業の中で卸売業は特に『都市を形成する産業』という性格をもっていると言い切れるのだろうか」(川野,1999,pp. 227–228)という指摘4)があることから,宇野の議論は再度考察する余地があるといえる。
宇野の議論によれば卸売業および小売業の特性から所得の獲得,循環によって都市が成長すると考えたのである。これは移出ベース理論の産業移転の議論を商業論に置換したことに他ならない。
しかし,商業機能の面からいうと,宇野-川野の議論にもあるように,広域から集客する大都市の商業や外部都市の郊外型SCなどについては,他の都市から集客する「都市を形成する産業」としても機能しており,小売業を「都市に奉仕する産業」としてのみ機能しているとは言い切れない。
さらに,Cox et al.,宇野の議論では産業移転による所得の循環は考えられても,産業の内訳が外来資本型企業5)と地元資本型企業に分化されておらず,各々の資本の雇用所得および事業所得がどのように地域に還流されているかまでは見えてこない。
消費者の買い物出向が特定の都市内で完結する限り,小売業はCox et al. のいう「都市に奉仕する産業」として機能する。しかし,Copeland(1923)の最寄り品,買回り品の分類に従って言えば,外部都市(本稿でいう衛星都市のことを指す。以下,同様)の消費者は最寄り品の購入は外部都市内の小売店で完結するとしても,買回り品(特に専門品など)については距離抵抗を厭わず,補完的に大都市へ買い求める傾向があるからである。とはいえ,このような現象の分析には実際に消費者の動きを分析し,実証研究を通じて裏付けをおこなう必要がある。
2.2 ハフモデルについて都市間競争において消費者の買い物出向率を割り出すことは消費者の購買動向を分析するうえで重要である。
そこで,商業集積がどれくらいの消費者を吸引できるか,について定式化をおこなったのがHuff(1963)である。これは通常,ハフモデルといわれ,以下のような式になる。
P(Cij):ΐ地区に住む消費者が商業集積јに出向する確率
Tij:ΐ地区から目的商業集積jまでの旅行時間
Sj:商業集積jの売り場面積
λ:旅行時間に影響するパラメーター
この公式によると「消費者の買い物出向率は商業集積の売り場面積に比例して高くなり,消費者の距離抵抗に反比例して低くなる」という。つまり,特定の商業集積までの距離が長くなれば,距離抵抗が働く一方,多様な店舗が集積する魅力的な商業集積(公式では,魅力度は単純化のために売り場面積に置換)ほど,消費者は距離抵抗を厭わず,出向するというわけである。
Nakanishi & Yamanaka(1980)は商業集積内において消費者がどのような商品を選好するのかを求めるために商業集積の売り場面積の大きさを政策変数とした(Nakanishi & Yamanaka, 1980, pp. 163–166)。一方で,ハフモデルを大型店の出店に伴う周辺小売業への影響予測を簡素化させたのが「通産省ハフモデル」であり,ハフモデルの距離抵抗λを一律に「2」と定めた。
なお,ハフモデルではデータ入手の容易性から,買い物起点を「居住地」としているが,実際に消費者が常に居住地が買い物出向するとは限らないという欠点をもつ。実際に消費者の買い物出向は多様であり,特に通勤・通学の多い平日においては買い物起点が自宅とはなりえず,就労先および学校などの諸施設から近隣の商業集積へ買い物出向することが多い。この場合,消費者の距離抵抗は大きくなる傾向がある。加えて,消費者は最寄り品を「徒歩・自転車」で買い物に行っているとは限らない。モータリゼーションが加速した現代においては山中(1986)が示したように,徒歩商圏,自動車商圏などが存在し,移動手段・商品別に距離抵抗が異なる。
このことから,現実には消費者の距離抵抗はハフモデルで計算するよりも大きなバラツキが存在している。
都市経済学における都市間競争の議論では「移出ベース理論」が大きく作用している。佐藤(2014)の説明によると,移出ベース理論とは「移出が地域内の経済活動を大きく動かす役割を果た」す。「…移出される物やサービスを生産する産業,移出産業が地域内の経済活動を左右するという意味で基盤産業となっている」(佐藤,2014,p. 30)という。移出産業に対し,地域の中に向けて財やサービスを提供する部門である域内産業は非基盤産業と呼ばれる(佐藤,2014,p. 30)。
つまり,外貨を外部市場で獲得する産業を「基盤産業(Basic Industry)」として都市の産業基盤として位置付け,基盤産業の外部取引から得られる外貨を基に商業・サービスを都市内に循環させる産業として「非基盤産業(Non-Basic Industry)」が存在しているという。
さらに説明を加えると,「基盤産業」において,域外からの新たな財・サービス需要である移出需要が増加すると,基盤乗数が働いて域内産業における「非基盤産業」の生産や雇用が誘発され,地域全体の生産や雇用が増加する。また,地域の産業が「非基盤産業」のみの場合は,域外から新たな需要が持ち込まれず,地域住民の需要のみに対応した生産活動がおこなわれることになる(伊藤,2014,pp. 249–250)。ここでいう基盤乗数とは,基盤産業である移出産業の外部市場との取引を通して外部市場から流入した所得が域内市場で循環することで新たな雇用,所得を生み出すことをいう。これにより,非基盤産業である移入産業が発達し,小売業をはじめとするサービス産業の発展を促し,域内市場において消費需要を増加させることになる,というものである6)。
とはいえ,移出産業が外来資本型企業の場合,そこで得られた事業所得は必ずしも都市内に循環されるとは限らない。
さらに,移出ベース理論において移出産業は外部市場との企業間取引により得た所得が移入産業を中心に都市の発展を促すが,移出産業に従事する被雇用者≒消費者(以下,被雇用者,労働者を「消費者」という)が外部市場と接触することにより消費者に外部市場での購買機会が生まれ,消費者の労働によって得られる外貨(所得)は都市内(地域内)に還流させることができる一方で,消費者の買い物出向による支出によって事業所得が外部都市の企業に吸引されてしまうことまでは考えられていない。そこで明確に所得の動向を消費者の買い物出向率(労働者≒消費者の移動による購買率の変化)に基づいて分析する必要がある。
近年,大都市の通勤(雇用)圏内の都市において外部市場(外部都市)である衛星都市7)においても郊外型商業を中心に外部都市内の小売業が栄えると同時に大都市のベッドタウン化したため住宅需要が増え,域外都市へ通勤および通学している消費者が現れるようになった。このため衛星都市にも照射し議論を広げなくてはならない。
確かに大都市は多様な産業集積が立地しているために外部都市の労働市場として機能している。そのため衛星都市から大都市への労働者の移動は所得の移転も伴うと考えられる。そこで,都市間の所得の循環を巡る都市間競争の分析において,所得を移出・移入させる労働者≒消費者の移動プロセスにも言及し,消費者の通勤途上の消費購買に焦点を当てることにより,明確に都市間の競争関係および補完関係について分析する必要がある。にもかかわらず,既存研究においては財,産業の移転の視角からの「現実的な『労働者』の移動=所得の移転のプロセス」は暗黙裡に議論されてきたももの,具体的な事例を示して分析されることはなかった。実際には「労働者」もまた学生などと同様に消費者であり,距離抵抗を減らすために通勤途上で買い物出向をおこなうことも十分考えられるにもかかわらず,産業間取引および小売り吸引モデルにおいて「労働者」が消費者となることは想定されてこなかったのである。
そこで消費の買い物出向における買い物起点や到達小売店8)など消費者の移動プロセスの分析が都市間の所得の循環・移転をより明確にするうえで必要不可欠である。なぜなら,実際に外部都市の消費者の買い物出向において労働者・学生など消費者が物理的移動において距離抵抗を減らすために勤務先,学校付近で買い物出向をおこなっていることを考慮に入れなければ,都市間にわたる実際の消費者の所得の移出・移入の実態は把握できないからである9)。
さらに「現実的な『労働者』の移動=所得の移転のプロセス」の観点から言えば,「大都市は多様な産業集積が立地しているために外部都市の労働市場として機能している」ことは大都市の産業集積が外来資本型,地元資本型であれ,衛星都市から大都市に通勤(移動)する労働者に所得を吸引される対価として事業所得が大都市に還流される仕組みになっていることから,大都市の産業市場は衛星都市の労働力による所得と大都市の事業所得の交換という互恵関係になっているとも考えられる。
衛星都市を中心に都市間競争の議論を類型化すると,図1のようになる。
消費者の移動による所得の移転
(*図1内では地元資本型企業の「移出産業」および「移入産業」をまとめて「域内産業」とした)
大都市の産業集積が衛星都市の移出産業となり労働力により外貨(所得)を衛星都市にもたらす構造になっている。
出所:筆者作成。
一部平日において移出ベース理論が示すように外部都市への通勤(就労)を通して所得(外貨)を稼ぎ,休日においては域内(郊外)の小売店に買い物出向することにより所得が循環する。
他方,大都市と外部都市の購買商品に関する市場の補完関係は一部休日の買い物出向において当てはまる。
大都市の産業集積(学校も含む)は衛星都市に対する移出産業として働き,就労によって外貨を衛星都市に還流させるが,主に平日において衛星都市から電車・バスによって就労・就学の都合で消費者の移動とともに買い物起点も移動することから,就労から得た外貨で商品を購買する消費市場としても機能していると考えられる。
なお,衛星都市内においては外来資本型企業の郊外型の大型店に集客が偏在しており,中心市街地と郊外の競争はほとんどないのが現状である。
消費者の移動に伴う所得の移転および消費支出という観点から中心市街地活性化問題について言及すると,現在は従来,大店法および商店街の商店主たちによって排斥されてきた外来資本型企業の大型店を中心市街地に新たに入店させることによって,中心市街地で消費者を回遊させることにより商業者の買い物機会を多くするという方法がとられている。しかし,商店街に回遊性をもたらす起爆剤として中心市街地にチェーン展開をおこなう大型店を入店させるという方法は,外来資本型企業の事業所得は本社に吸い上げられるため,中心市街地の内生的発展10)に寄与できるかどうかは疑問の余地がある。
この疑問を解決するためには既存の商店街と地元資本型企業の小売産業の連携が必要不可欠である。例えば滋賀県草津市の中心市街地(JR草津駅付近)に立地する地元資本主導型のSCであるエイスクウェアを挙げることができる。エイスクウェアは特に最寄り品購買を中心に多くの集客があり11),雇用および事業所得を生み出している。このような地元資本型企業主導による小売産業が発達することが今後の衛星都市商業の活性化について考えるうえで重要である。
したがって,都市間競争はCox et al.および宇野の提示した商業論における議論を拡張させ,都市経済学の移出ベース理論において議論されているように,大都市の労働市場を中心とした産業構造に基づき,大都市-衛星都市および衛星都市内中心市街地-郊外という都市間・都市内部における所得の移転の問題について,消費者の通勤,通学および買い物出向のための移動=所得の流動性を考慮したうえで分析しなければならないといえよう。
最後に今後の分析課題として,地元資本型企業による事業所得の都市内循環を促す装置として地域ブランドの構築あるいはチャレンジショップなどの促進による移出産業ならびに移入産業の育成に関する産業の研究分析が必要不可欠であると考える。