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投稿論文
ソーシャル・マーケティング研究における理論的視座の再検討
水越 康介日高 優一郎
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2017 年 1 巻 1 号 p. 33-39

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Abstract

本稿では,ソーシャル・マーケティング研究について検討し,今後の具体的な研究指針を提示する。この試みは,近年ますます注目される社会的活動において,マーケティング活動やマーケティング研究が果たす意義を明らかにするとともに,営利企業の活動にとどまらないマーケティングの可能性を示す。具体的に,本稿では,ソーシャル・マーケティングがコマーシャル・マーケティングの応用として発展し,個人の行動変革を目的とするダウンストリームに注目してきたことを確認する。その上で,近年の新たな研究として,社会変革までを見据えたアップストリームに注目するとともに,アップストリームとダウンストリームの相互依存関係に関する実証的な研究が必要とされるようになっていることを示す。

1  導入

マーケティングへの社会的な期待はますます大きくなっている(Kotler & Lee, 2006, 2009)。マーケティングは,石鹸を売るためだけではなく,禁煙,ダイエット,あるいは,友愛を広めるためにも用いることができる。その上で,より良い社会の構築に目指すことは,マーケティング自体の重要な目標である(Kolter et al., 2010)。マーケティング概念は拡張され,適用範囲は広がっている。

元来,コマーシャル・マーケティングの応用として発展してきたソーシャル・マーケティングは,いまや,単なる応用にとどまらない独自性も見出そうとしている(Andreasen, 2006)。より良い社会の構築を目指すことは,企業の売上向上を目指すこととは異なっているかもしれない。そして,そのためのマーケティング活動もまた異なってくるかもしれないというわけである。例えば,ソーシャル・マーケティング研究は,交換概念を前提にしてコマーシャル・マーケティングを応用しようとしてきた(Bagozzi, 1975; 芳賀,2014; Kotler, 1972)。その一方で,ソーシャル・マーケティングは交換を伴わない場合があることも指摘される(Andreasen, 1995, 2006; Dann & Dann, 2016; 日高・水越,2014; 水越・藤田編,2013; Peattie & Peattie, 2003)。また,ソーシャル・マーケティングが目的としてきた個人の行動変革についても,その前提となる社会そのものの変革が求められるようになっている(Wallack, 1994; Goldberg, 1995)。ソーシャル・マーケティングの新たな展開を目指す研究は,旧来の研究が,社会的なリスクを持つ個人の行動変革に働きかけるダウンストリームの活動に注目してきたことを批判し,社会変革を目指し,公共政策,規範,規制など,社会構造に働きかけを行うアップストリームにも焦点を当てる必要があるとする(Kennedy, 2016; Truong, 2016; Wymer, 2010)。

かつてのマーケティング概念拡張論争は,マーケティング研究そのものが一つの学問領域として独立できるかどうかを議論する中で展開されてきた(Hunt, 1976)。その一つの成果であったといえるソーシャル・マーケティングもまた,出発点となったマーケティング論との関わりが改めて検討される時期に入っているといえる。

だが,こうして新しいソーシャル・マーケティング研究の可能性が議論される一方で,日本はもとより世界的にみても,アップストリームに焦点を当てた具体的な分析はまだ少ない。さらに,より重要な問題として,アップストリームとダウンストリームの相互依存関係に焦点を当てた研究もまだ始まったばかりである(Dibb & Carrigan, 2013)。本稿では,こうしたソーシャル・マーケティング研究の理論的視座を再検討し,今後の研究指針を得る。

2  ソーシャル・マーケティングの発展

マーケティング概念の拡張は,Kotler & Levy(1969a, 1969b)による公共・非営利組織へのマーケティングの応用にはじまる。マーケティングは,それまで,営利企業の問題として捉えられてきた。しかし,今日では,マーケティングは多様な社会的活動においても応用されるようになってきているとともに,より適用されるべきであるとされる(Kotler & Levy, 1969a, p. 10)。これに対し,Luck(1969)Bartels(1974)Ferrell & Zey-Ferrel(1977)は,マーケティングの対象を経済的交換に限定すべきとし,論争となった。

Kotlerたちが強調したのは,市場取引(market transaction)から交換(exchange)(あるいは,より一般的な意味としての取引)への核概念の移行である(Bagozzi, 1975; Kotler & Levy, 1969b)。市場取引では,具体的な購入と販売が問題になるのに対して,交換では,抽象化されたモデルが問題となり,概念拡張が容易となる。Kotlerたちは,ここからさらに,ソーシャル・マーケティングへの発展を図った(Kotler & Zaltman, 1971)。

同時期,Lazer & Kelly(1973)は,今日的なCSRに近い活動の重要性を認識し,ソサエタル・マーケティングの展開を進めている。すなわち,営利部門にあっても,社会性を追求することは重要であり,これらの活動を通じてこそ,企業は健全な収益を維持できる。嶋口(1984)に従えば,こうしたソサエタル・マーケティングは,公共・非営利マーケティングとともに,ソーシャル・マーケティングの2つの領域の1つであるとみなされる。同様の指摘は,Kotler & Roberto(1989,邦訳pp. 420–425)にもみることができる。

藥袋(2003)は,企業がソーシャル・マーケティングに関わる理由を改めて考察し,さらに芳賀(2013)では,「啓発された自己利益(Keim, 1978; Varadarajan & Menon, 1988)」の重要性が指摘されている。すなわち,企業が社会貢献を行うことは,直接的な利益にはつながらないが,長期的あるいは間接的に企業の利益になる(Du et al., 2007; 芳賀,2013,p. 34)。これらは,今日的なCSRをコマーシャル・マーケティングの一部として理解しようとした際に重要な論点となる(Bhattacharya & Sen, 2004)。Hastings et al.(2012)の書籍では,Palazzo(2011)がCSRを企業のソーシャル・マーケティングとして捉え,企業の活動そのものが新しい時代に入りつつあることを指摘している。

こうして,今やソーシャル・マーケティングの範疇は広がり,領域も横断的になっている。Kotler & Andreasen(2003)では,営利部門,非営利部門,公共部門の3領域を区分して捉えるが,同時に,領域間の区分がなくなりつつあることを指摘している。さらに,Lovelock & Weinberg(1989)Andreasen(2012)は,これらを区分せず,一つのソーシャル・マーケティング研究として捉える。

3  応用としてのソーシャル・マーケティング

CSRと結びついたコマーシャル・マーケティングが利益と社会性の両立を議論する一方で,公共・非営利組織のマーケティングから発展したソーシャル・マーケティングでは,マーケティング・ミックスを始めとしたコマーシャル・マーケティングの応用可能性に焦点が当てられてきた(Andreasen, 2002; Truong, 2016)。その応用に関しては,後述するソーシャル・マーケティングの独自性を追求しようとする研究や,あるいはマーケティング・ミックスの歴史的な導出過程からの批判もあるが(Gordon, 2012; 水越,2014),一方で現実的に利用されてきたことはいうまでもない。

マーケティング・ミックスの応用では,特にソーシャル・キャンペーンに焦点が当てられる。Andreasen(2002)では,プロモーションだけではコマーシャル・マーケティングの応用とはいえないとされていたが,実際には,例えば,Pechmann et al.(2003)Andrews et al.(2004)では,反タバコキャンペーンにおける効果的なメッセージが考察され,社会性を伴うメッセージの有効性が指摘される。また,Grinstein & Nisan(2009)では,イスラエルにおける節水キャンペーンとその節水効果について,実証的な調査が行われる。キャンペーンのみならず,より包括的なマーケティング・ミックスとしては,例えばKennedy & Parsons(2012)がカナダでの禁煙活動を議論している。この分析では,政府の政策として,禁煙キャンペーンだけではなく,価格に相当する課税の増額や,販売箇所の制限,さらには製品デザインの制限の有用性が指摘されている。

特にKennedyたちの議論では,マーケティング・ミックスを応用しつつ,同時に,ソーシャル・マーケティングに当てはまるように解釈が与えられている。Peattie & Peattie(2003, 2009, 2011)もまた,消費の抑制のためにマーケティングを活用できると考え,マーケティング・ミックスを再解釈したソーシャル・マーケティング・ミックスを提案している。そもそも,ソーシャル・マーケティングでは,社会的な問題の解決に向けてマーケティングのツールや考え方が応用される。顧客志向,変革された行動の維持,顧客以外の多様なステイクホルダーとの連携,そして望まない行動の抑制といった点が重要になる。これらの実現にあたり,彼らはマーケティング・ミックスの捉え直しが必要になるとする。

彼らに従えば,製品は提案(propositions)に置き換えられる。例えば,「オーガニック・フードは,あなたにも,環境にもよいものです」といった提案を顧客に受け入れてもらう必要がある。コンセプトやキャッチコピーのようにもみえるが,具体的な製品がなく,また行動変革を目指すという点では,何を製品としてみなすかは最も難しいことであるとされる(Peattie & Peattie, 2003)。流通については,アクセシビリティ(accessibility)が重要になる。サービスが受けられる場所について,利用者が使いやすいかどうか,あるいは逆に制限するかどうかが重要になる。そして,行動を変えることのコスト(cost)は,多くの場合金銭的なものではない。コストは,価格だけではなく,時間や努力であり,心理的な負担や,場合によっては物理的な中毒のようなものが該当する。最後に,プロモーションについては,キャンペーンはもちろんのこと,社会的コミュニケーション(social communication)が求められる。一方向ではなく,双方向でのコミュニケーションのやり取りを通じて,提案の受け入れや維持をしてもらうことになる。

その他,Troung(2016)では,ソーシャル・マーケティング・ミックスとして,伝統的なマーケティング・ミックスを紹介しつつ,さらに,人々や政策も含まれることがあるとする。同様に,マーケティング・ミックスの歴史的な発展に遡れば,そもそも4つのPにこだわる必要性自体がないことも指摘される(Gordon, 2012)。直接的な応用だけではないことがわかる。

4  ソーシャル・マーケティングの独自性

コマーシャル・マーケティングの再解釈を含む応用に対して,より積極的に,ソーシャル・マーケティングの定義やその独自性に関する議論も繰り返されてきた(e.g., Andreasen, 1994, 1995; Kotler & Andreasen, 2003; Rothschild, 1979)。例えば,多くの研究は,直接的な交換に伴う売上よりも,対象者の行動変革を重視し,そのためのマーケティング活動に注目してきた(Andreasen, 1994)。ソーシャル・マーケティングでは,対象者に態度や行動を180度変えるよう求めることも多い(Andreasen, 2012)。その代償となる対価が支払われないこともある(Rothchild, 1999)。態度や行動の変更を求められる対象者からすれば,いよいよ直接的なベネフィットを確認しにくい。

Lovelock & Weinberg(1989)Kotler & Andreasen(2003)は,公共・非営利マーケティングでは,働きかけの対象と受益者が異なる場合が多くみられることも示す。例えば,行政活動では,今そこにいる住民を満足させればよいのではなく,将来生まれてくる子供たちも含めた「人々」のための活動を求められる。このとき,今は存在しない顧客のニーズすら対象となる。すでにArndt(1978)では,明確に捉えられないであろう長期的なニーズに応えるという問題こそが概念拡張の意義だと強調されていた。

こうした指摘の多くは,ソーシャル・マーケティングがコマーシャル・マーケティングよりも難しい問題を取り扱うことになると考えている。Andreasen(2012)では,ソーシャル・マーケティングをコマーシャル・マーケティングの応用とみなしてきた旧来の研究に対して,積極的に逆の考え方が提示される。ソーシャル・マーケティングは,マーケティング活動を実行する上で最も複雑で困難な文脈に有する活動であり,逆にコマーシャル・マーケティングは,製品やサービスの販売に焦点を当てた単純な活動とみなされる。ソーシャル・マーケティングの担当者が直面する問題は,商業部門における問題よりも複雑なのである。彼らは,販売の促進だけではなく,企業からのサポート獲得やボランティア募集,個別の贈与や助成,財団や政府組織との契約などを同時に行い,遠い未来のベネフィットを求めなければならない。

Andreasen(2012)は,Andreasen & Kotler(2007, pp. 22–24)にもとづき,コマーシャル・マーケティングとソーシャル・マーケティングの違いを示す。これまでみてきたように,ソーシャル・マーケティングでは,財務的な指標としての成果指標は売上以外にも多様である。これらの指標には非財務的な指標も多く,ボランティアの労働力や,自由に利用できる物財のリソース,無料で得られるようなコンサルテーションなどが考えられるとする。また,組織間の競合は行動的な成果だけではなく,そのような成果を得るための助成金や契約をめぐって生じることもある。さらに,寄付や財政的/非財政的援助を導く「市場」シグナルは,同じ社会的成果を探求する他の活動やステイクホルダーによっても成功が主張され,一商品に対する一購入のようにはっきりと特定できない。なにより,社会的成果が現れるのはずっと未来であり,顧客は無関心かネガティブであることも多く,簡単にはその成果を識別できない。

表1  コマーシャル・マーケティングとソーシャル/非営利マーケティングの違い
特徴 コマーシャルマーケティング ソーシャル/非営利マーケティング
目的 売上 行動変革,社会変革
第一のターゲット顧客 顧客 問題行動を抱えた下位の人々
第二のターゲット顧客 サプライチェーンのメンバー
メディア
上位の協力者
メディア
ボランティア,寄付者,企業パートナー
期待 控えめ 大きい
予算 大きい 最小
戦術的な自由度 ほぼ制約なし 厳正な公共的監視を受ける
鍵行動の特徴 しばしば関与度は低い
顧客は無関心かポジティブ
しばしば関与度は高い
顧客は無関心かネガティブ
提供物の制限 あまりない かなりある
ターゲット顧客のベネフィット 明らか
即時的または短期的
明らかではない
遠い未来

Andreasen(2012),p. 39をもとに目的を追記して著者作成。

5  社会変革とアップストリームへの注目

Andreasen(2012)がいうように,ソーシャル・マーケティングがコマーシャル・マーケティングよりも様々な点で困難な問題に直面することは確かであろう。そしてそのように考えるのならば,ソーシャル・マーケティング研究の分析枠組自体が広げられなくてはならない。

すなわち,コマーシャル・マーケティングの応用を議論してきた多くの研究は,交換の実現を目指し,直接的に社会的リスクを持つ対象者の個人の行動変革を働きかける活動として,主にダウンストリームに焦点を当ててきたといえる(Dann, 2010; Dibb & Carrigan, 2013)。ダウンストリームに注目する研究は,ターゲットの個人的な行動の変化に注目し,コマーシャル・マーケティングを用いた活動がいかにターゲットの個人的な行動の変化を生み出すのかを明らかにしようとする(Kenny & Hastings, 2011)。そこでは,直接的な交換に伴う売上というよりも,喫煙者,薬物乱用者,摂食障害といった課題を持つターゲット顧客の行動変革に注目し,直接的なキャンペーンやソーシャル・マーケティング・ミックスが重要になる。これらの研究では,社会的に問題のある状況に陥った対象者に対するマーケティング活動の有効性は理解できるものの,そもそもの社会的課題が認識される過程や,社会をよりよくする社会的運動が組織化され,展開されていく過程に対する理解を深めることが難しい。

そこで,より上位の社会的課題に焦点を当て,その変革を目指すアップストリームに注目した研究の重要性が指摘されるようになる(Andreasen, 1995; Dann, 2010; Goldberg, 1995; Gordon, 2013; Kennedy, 2016; Truong, 2016; Wymer, 2010)。アップストリームは,公共政策,規範,規制など,社会構造に影響を及ぼすために働きかけを行う活動のことを指す(Goldberg, 1995)。これに対し,ダウンストリームは,ターゲット個人の行動変革を促す活動である。これらに加えて,既存研究にはコミュニティレベルでの取り組みとしてミドルストリームに注目する研究もあり(Andreasen, 2006),レベルそのものを厳密に区分できるわけではないが,いずれにせよ多層的な分析が必要となる(Dibb & Carrigan, 2013)。

これが意味することは,大きく三つある。

第一に,個々人に与える活動のキャンペーン成果を理解するという単発的なパースペクティブからのフィールドの拡張の試みである(Andreasen, 2006; Goldberg, 1995; Gordon, 2013)。アップストリームの議論は,個人の行動変革が,社会的文脈の中で理解される必要があること,行動変革をより広い社会変革の一部や結果として理解する必要があることを示す。

第二に,そうした社会変革がどのように実現されていくのか,その過程を捉えるための社会構築的な視点の重要性である(Dibb, 2014; Hastings & Saren, 2003; Hoek & Jones, 2011; Kennedy, 2016; Luca et al., 2016; Truong, 2016; Wymer, 2010)。社会変革は,単発的なキャンペーンだけでなく,複雑な社会過程(Shultz, 2007, p. 293)の中で実現されていく(Luca et al., 2016)。ターゲット顧客のニーズやベネフィットもそれとして確固とはせず,過程に依存する。それゆえに,個人の行動に影響を与えうる社会構造の構築過程において,社会の上位に位置する政策決定者やレギュレーターなどを含む多様なステイクホルダーとの関係性が,社会変革の活動や成果に与える影響に注目することが強調される。

これに関連して,第三に,アップストリームとダウンストリームの相互依存関係を理解する必要が指摘される(Dibb & Carrigan, 2013; Kennedy, 2016; Kotler & Lee, 2009)。アップストリームに関する議論の台頭は,個人の行動変革やダウンストリームの理解が不要であるということを示唆しているわけではない。アップストリームの議論は,ダウンストリームが主な対象としてきたコマーシャル・マーケティングの応用や個人の行動変革を,社会的文脈の中で理解する必要があることを指摘するとともに,社会構造もまた,当の社会的文脈に埋め込まれて構築されていると考える。それゆえに,優れたソーシャル・マーケティングの実現には,両者を同時に捉える統合的なアプローチが求められることになる(Kennedy, 2016, pp. 8–9)。ただし,両者の相互依存関係に注目しながら社会変革の実現過程を明らかにする研究は,今のところあまりないといってよい(Dibb & Carrigan, 2013, p. 1384)。すなわち,アップストリームが,個人的な対象への働きかけを行うダウンストリームとどのように相互依存しているのか,この問題は今後の重要な課題といえる。

6  アップストリームと関係性概念

こうして,社会変革とアップストリームへの注目は,ソーシャル・マーケティング研究に一つの理論的視座を与える。このさい,これらの理論的視座が既存のコマーシャル・マーケティングとどのように異なり,また結びつくのかについては,より詳細な議論が必要となるだろう。例えば,Kennedy(2016)では,アップストリームに関する考察はマクロ・マーケティング研究に結びつけられている。マクロ・マーケティングでは,これまでも一企業のマーケティング活動にととどまらない社会現象や消費現象が考察されてきた。

さらに,多様なステイクホルダーとの関わりに関する問題は,まさに関係性に注目する研究としても展開され,ソーシャル・マーケティングへの応用が議論されてきた(Hastings, 2003; Knox & Gruar, 2006)。特にHastings(2003)は,コミットメント・トラスト・モデルにもとづきながら,実行組織が多様なステイクホルダーと向きあうマルチ・リレーションシップ・モデルを提示し,公共・非営利組織のマーケティングを捉えようとしている。

関係性への注目は,日本においても,様々な文脈から考察が進められている(古川編,2011; 原田・三浦編,2011; 水越・藤田編,2013; 玉村,2005; 和田編,2009; 矢吹,2010)。玉村(2005)矢吹(2010)は,行政活動を捉える上で関係性概念が有用になることを指摘し,水越・藤田編(2013)では,非営利組織においても多様なステイクホルダーの相互の依存関係が重要になることを指摘し,複数の事例を考察している。さらに,和田編(2009)では地域ブランドに焦点を当てつつ,その考察においてアクター概念の導入が進められている。

多様なステイクホルダーやアクターの存在は,当然のことながらターゲット顧客のみならず,行政や非営利組織を取り巻く社会的文脈への注目につながり,結果的にアップストリームにも言及することになる。関係性マーケティングがコマーシャル・マーケティングにおいても重要な位置を占め,また,その応用がすでにソーシャル・マーケティングで議論されてきたことからしても,アップストリームに関する議論がこれまでの研究においてまったくなかったというわけではない。

ただその一方で,関係性に注目したソーシャル・マーケティング研究の多くは,個別の事例分析にとどまり,明確な枠組みを提示することが難しかったようにも思われる。また,これらの研究では,社会変革はもちろん,ターゲット顧客の行動変革についてもあまり明示的に注目してこなかった。そして最後にもう一つ重要な点として,関係性概念そのものが交換概念や伝統的なマーケティング研究の批判的立場に立ちやすかったこともあり,ダウンストリームで依然として注目されるべきコマーシャル・マーケティングの応用への興味が希薄になりがちであったといえる。

これらの点を鑑みるに,社会変革とアップストリームへの注目は,マクロ・マーケティングや関係性に注目したこれまでの研究知見を再構築することになるだろう。結果として,ソーシャル・マーケティング研究として,より理論的に統一された研究の蓄積を進めることに貢献すると思われる。

7  帰結

以上,本稿ではソーシャル・マーケティング研究のレビューを通じて,今後の研究の可能性について検討してきた。繰り返していえば,昨今重要性をいよいよ増しているようにみえる社会的な問題に答えるための諸活動は,マーケティング研究においても重要な問題となっている。

冒頭でも述べたように,今日のソーシャル・マーケティング研究は,元来の概念拡張に伴うマーケティングの一般化に伴い,多様な展開をみせている。ソサエタル・マーケティングやCSRに関わる諸研究は,ソーシャル・マーケティングがコマーシャル・マーケティングに与える影響を明らかにすることになるかもしれない(芳賀,2013, 2014)。また,本稿では議論する余裕がなかったが,グリーン・コンシューマーや倫理的消費者に注目する消費者行動に関わる諸研究(Mick et al. eds., 2011; 大平他,2015)もまた,今日のソーシャル・マーケティング研究において重要な位置を占めるとされる。これらの研究知見は,社会変革や個人の行動変革というソーシャル・マーケティングの目的を達成する上で,欠かすことのできないステイクホルダーに対するより深い理解を提供するだろう。コマーシャル・マーケティングとの相違点や類似点に関わる問題(Andreasen, 2012; Dibb, 2014)もまた,こうした分析を通じて,いよいよ明らかになっていくはずである。

謝辞

本稿の作成にあたり,本誌編集長近藤公彦先生(小樽商科大学),匿名のレフェリーの先生方に貴重なご示唆を頂きました。記して御礼申し上げます。なお,本稿は,文部科学省科学研究費補助金(15K17150)の助成を受けて行った研究成果の一部です。

参考文献
 
© 2017 日本商業学会
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