Abstract
現在の小売企業間の競争が激化する小売市場においては,小売企業のブランド化の重要性の高まりが見られる。消費者が店内で行う買い物行動について経験価値という視点で捉えた場合,小売店内の環境要因(アトモスフェリクス)の影響は大きい。本稿では,こうした小売店内における環境要因の重要性について考察するために,先行研究を整理した上で,小売企業がより良い経験価値を提供するための小売空間デザインについて,有意義な視点を導き出す。
1 はじめに
今日では,ますます多くの小売企業が顧客に対する自社の提供物の要素としてサービスおよび小売環境における演出を取り入れるようになっている。同じく,近年増加するオンライン小売企業者においても顧客を惹きつけ,参加させることを目的とした,楽しさや魅力をオンライン経験に取り入れるようになった。これらの取り組みは,競争が激しくなる小売業界における差別的優位性の獲得手段としても捉えることができるだろう。今日の小売業は,単なる商品の取引の場としてではなく,ますますサービスや小売店の雰囲気,エンターテイメント(娯楽)やエデュケーション(教育)の演出などを含んだ小売経験のデザインを顧客に提供するという視点から捉えることが重要である。
2015年には,特許庁によって,商標法が改正され,それによって色彩のみからなる商標,音に関する商標などといった,これまで商標として登録し保護することができなかった商標が商標登録可能となった。こうした動きからは特に,音や色の組み合わせといった人間の視覚や聴覚の側面に感覚的に訴求する要素が企業のブランド要素として認識され始めていることが見てとれる。こうした訴求は,顧客の感情的な側面に影響を与え,ブランドとしての認知へ影響を及ぼすのである(Dawson et al., 1990)。
また,消費者のオンライン購買が加速し,利便性も大幅に向上する中において,実店舗における小売の役割および魅力が求められており,オンラインとの関係における差別的優位性が必要とされている。そのため,小売店における販売やサービスを形成する,店内環境要を中心としたブランド研究を行うことは,意義があることであると考える。
小売企業はもはや単なる商品の販売のみではなく,商品の販売を通してどのようなサービスやテーマ性をもった経験を提供するかが重要となり,これらこそが小売企業の差別的優位性の源泉となるのである。すなわち,小売企業はどのように顧客の感情,心理,情緒に取り組んでいくのかが重要となるだろう(Sachdeva & Goel, 2015)。
まさに,小売店は企業と消費者が相互作用を通じて経験価値を共創するためのプラットフォームとして特徴づけられる(近藤,2013)。こうした小売店が提供する経験の一部であるブランド要素としての環境(アトモスフェリクス)1)の重要性に本稿では着目していくこととする。尚,本稿では主に顧客が購買を行う中心的な「場」を店内要因に限定して調査を行っている。特に店内の要因はこれまで多く研究が成されてきたが,多くの進歩が見られること,また環境という意味でも消費者にとって最も身近であるが奥深い領域であるためである。
2 小売ブランド研究
近年,小売研究および実務においても小売企業におけるブランド戦略の重要性が認識されるようになっている。例えば,顕著であるのが小売企業の独自商品として差別化をはかるためのPB戦略である(Ailawadi & Keller, 2004; Kumar & Steenkamp, 2007)。PB戦略によって,小売企業は他チェーンと異なる商品を取り扱い,品揃えの独自性を追求することができる。しかし,現在ではそのPB商品開発においても多くの企業がPB開発に乗り出し始め,PBの独自性や差別的優位性がかつてより薄くなっている。そこで,小売企業をサービス企業であると考えた場合,単なる商品の品揃えの提供だけでなく,多くのサービス要因や店内環境を合わせたアソートメントや小売経験を提供することが小売企業のブランド構築を進め,他社との差別化をより進める手段として考えられるようになった(Burt & Sparks, 2002)。小売企業の提供物は商品であるが,商品のみではない。小売独自のサービスや小売企業が「テーマ」を打ち出し,それを演出することによって顧客経験を提供することの重要性である。これらは小売企業が自社のブランド管理を行う上で,考慮する要因の多さとその管理の複雑性に繋がっている(Ailawadi & Keller, 2004; Burt & Sparks, 2002)。小売店内での顧客体験をホリスティックに捉える場合,商品の品揃えや提供価格だけでなく,空間や雰囲気,販売,サービスといった,細部にいたる要因についても再度見直していく必要性がある。これらのような小売企業の企業ブランドとして捉えたものを,PBなどの独自商品ブランドと区別するためリテール・ブランドと表記する2)。
実際には,Abercrombie & Fitch,American Eagle,Zara,H & Mなど欧米のアパレル企業による商品政策とそれに関連した顧客経験の創造による独自のユニークなイメージの創造が見られる。これらの企業に共通する点として,店舗のイメージと商品イメージの齟齬を防ぎ,顧客に対する統一されたイメージを創造・管理するための政策的な統一管理の高さが見られる(Grewal & Levy, 2009; Jones & Kim, 2011)。
小売店内における消費者の行動は必ずしも合理的であるとは限らない。顧客の購買の多くが非計画的な購買から成されているとされるという事実からも,顧客は店内要因による刺激による影響を大いに受けていると考えられる。時に,顧客が行う店内の衝動的な購買決定は,店内の照明や商品の配置,ビジュアル,サウンド,においなどの刺激による影響を受けている。顧客は単に商品の購買手段としてのみその店を愛顧するのではなく,その店に感情的に接触するためにその店を愛顧するのである(Sachdeva & Goel, 2015)。小売における経験が楽しいものであれば,顧客が買い物に費やす時間や支出を高め,再来店の基となる店舗愛顧にもつながる(Donovan & Rossiter, 1982)。
3 小売店内環境要因(アトモスフェクス)に関する研究レビュー
これまで,小売店内における環境要因に関連する研究は多く存在してきた。小売店内環境やその要因に関する研究は1950年代前後から始まり(eg. Cox, 1964; Martineau, 1958; Smith & Currow, 1966),なかでもMartineau(1958)は,小売店の顧客の心理的側面の重要性を認識し,ストアパーソナリティとして店の商品以外の要因の重要性を述べた初期の研究である。すなわち,店内における商品以外の要因についても,小売店の提供する価値の側面として認識されたのである。
1970年代に至ると,Kotler(1973)がマーケティングの手段としての小売店の環境要因として「アトモスフェリクス」概念を導入し,小売店の雰囲気や環境の側面として専門的に研究が行われるようになった。Kotler(1973)は,アトモスフェリクスを,「顧客の購買の可能性を増加させるために,個人の情緒的な影響を生み出すように,買い物環境をデザインする努力である」とする。同時期には,Mehrabian & Russell(1974)は,環境心理学を利用し,小売環境から個人に対する影響に関してモデル化し,その後も環境による刺激から個人への影響を調査した業績を多く残した。現在でも,小売環境の研究において多く存在する研究の中でも,特にベースとして参照されているものがMehrabian & Russellによるモデルである(図1)。Mehrabian & Russell(1974)のモデルでは,環境からの刺激によって,人は3つの感情的な反応を引き起こし(楽しさ(P),興奮(A),支配(D):PAD),これらによってある対象に対する接近・回避行動3)が導かれる。これらの行動は人それぞれの個人差によっても影響を受ける。店舗環境による刺激によって3つの感情状態を作り上げることにより,店舗への接近・回避行動を導き,店内におけるより多くの顧客の滞在時間,購買支出を高めることができる。Mehrabian & Russell(1974)のモデルは,80年代,90年代の店内環境研究にもベースとして活用されることになる。
1980年代に入ると,消費者行動論において新しいアプローチが導入されるようになり,これまで合理的側面のみで捉えられがちであった購買選択行動に関して,非合理的側面の重要な影響力が示されるようになった(Holbrook & Hirschman, 1982)。ここでは,消費における経験的側面が重視され,消費者の捉え方を大きく変えた。同じ年,Donovan & Rossiter(1982)によって,Mehrabian & Russell(1974)のアプローチを利用した,小売店内のアトモスフェリクスの研究が行われた。特にこの研究では,当初PADとされていた感情的反応(楽しさ,興奮,支配)のうち,特に楽しさと興奮の2つの変数に説明力があることが明らかとなり,以降の研究では主にこれら2つの変数に集中していくこととなる。すなわち,楽しさと興奮の感情が,購買意欲,従業員と関係を築きたいという意欲,店舗での滞在時間,店舗への支出,店舗への好感,購買アイテム数,再来店への意欲・意図などといった接近行動に関係あることが明らかになった。
1990年代に入ると,「経験価値」がより多く注目され,研究が活発化した。Pine & Gilmore(1999)やSchmitt(1999)はその中心として,経験としての消費を強調し,個人の心に関わるものであり,企業が個人の中にある感情部分,身体部分,知的部分,精神部分を刺激することから価値が生まれるとした。これらの経験の演出に関しても着目されるようになった。Mehrabian & Russell(1974)モデルをより良く活用したDonovan et al.(1994)は,消費者が店内で楽しさの感情を経験した場合,より購買行動にプラスの影響を与えることを示し,喜びや楽しさのある店舗づくりのために,アップビートの音楽,明るいカラー,興奮を創造する要素の実施によってより顧客に楽しいと認識される店を作ることが出来ることが明らかにした。ターゲットではない顧客のパーソナリティー要因に対して,店舗の環境刺激がその顧客の回避行動を導く可能性もあるが,より顧客のパーソナリティー要因との一貫性をもった環境刺激によって,顧客の感情状態および行動にプラスの影響を及ぼすことができることが明らかとなっている(Puccinelli et al., 2009)。
以後の研究として,Turley & Millman(2000)は,アトモスフェリクスの要素として5つの広いカテゴリーの雰囲気のキューを確立した。すなわち①外部的キュー:店舗の建築様式,店舗の周辺の建築物,②一般的な内部的キュー:床の材料,照明,カラースキーム,音楽,通路,天井の構造,③レイアウトとデザイン:スペースデザイン,スペースの割り当て,グルーピング,店内の流れ,ラックとケース,④購買時点と装飾ディスプレイ:サイン,カード,壁装飾,価格ディスプレイ,⑤人的変数:従業人の特性 制服,店内の混み具合,プライバシーであるとした。
表1
先行研究における主な研究対象
色 |
照明 |
音楽 |
におい |
混み具合 |
ストアレイアウトストアデザイン |
販売員 |
Bellizzi & Hite, 1992 Crowley, 1993 Babin et al., 1994 |
Areni & Kim, 1994 Baker & Cameron, 1996 |
Millman, 1982 Areni & Kim, 1994 Herrington & Capella, 1994 Yalch & Spangenberg, 2000 Mattila & Wirtz, 2001 Areni, 2003 Morin et al., 2007 Vaccaro et al. 2009 Demoulin, 2011 Feng et al., 2014 |
Mitchell et al. 1995 Hirsch, 1995 Mattila & Wirtz, 2001 Chebat & Michon, 2003 Milotic, 2003 Michon et al., 2005 Herman et al., 2013 |
Eroglu & Machleit, 1990 Tulrey & Millman, 2000 Michon et al., 2005 |
Baker et al., 1994 Hoffman & Turley, 2002 Backstrom & Johansson, 2006 |
Baker et al., 1994 Orth et al., 2013 |
その他にも小売環境に関する研究は多く存在する。これらの中でもより代表的なものを選別し,その研究対象を識別して整理するために,小売店の環境要因に関する先行研究を主な環境要因ごとに,年代順に整理を行ったのが表1である。その中では,研究内で多くの環境要因を取り扱った研究も見られたが,特に中心となっていた要因に関して分類を行っている。主な環境要因として,色,照明,音楽,におい,混み具合,ストアレイアウトストアデザイン,販売員である。その他の要因や要因間の相互作用を調査したものをいくつか見られたが,これらに該当するものは未だ研究の数としては少ない。
以上が,小売店内の環境要因に関連する研究を整理したものである。これまでの小売企業に関連する環境要因の研究およびそこから得られた知見は,それぞれの要素を個別に,あるいは単純な相互作用を捉える試みが多く,各要因のそれぞれをある一定の標準的モデルの数値と比較して優劣をつけるチェックリストアプローチであった(Foster & McLelland, 2015)。そこでは,ある業態やフォーマットとして一括りにされた中での標準モデルと比較するため,同じターゲットを想定し,同じ商品を取り扱っているが,全く運営形態が異なる店舗が,それと類似した業態・フォーマットの標準モデルと比べられて優劣が判断されるため,店舗は同じターゲットに対応する店舗間で同質化を招くこととなり,消費者にとって面白みのない店舗空間をつくることになる。差別化とは,似通ったターゲット層に訴えかける小売店同士で,また同様の商品群を取り扱う小売店同士の中で,機能すべきものでなければならない。
さらに,Kotler(1973)によると,一度成功した小売店の環境要因の組み合わせにおいても,顧客がその小売店の環境に慣れてしまうことがあり,また競合店によるより新しく効率性が高い,顧客を惹きつけるような環境要因を達成する環境づくりの対応によって,自社の環境要因も評価し改善し続けていくことが重要であることを指摘する。時間とともに一度確立された環境要因の差別的優位性が低下し,失われていくことについても理解しておくことも重要である。
4 小売店における環境要因(アトモスフェリクス)の演出
近年では,このような小売店内の環境要素を多くの小売企業が差別化やブランド要因として戦略的に取り入れられるようになり,単なる売り場の雰囲気作りだけでなく,調理を通じた提案型販売や体験教室,ファッションショーなど,モノの販売につながるコトづくりや,ニーズや価値観の醸成として,エンターテイメントや教育などを取り入れる演出を提供する小売企業も現れるようになった。
こうした小売環境により力を持たせる手段として,近年注目されているのが小売店の「テーマ」のデザインである(Borghini et al., 2009)。実際にテーマ性を持ったフラッグシップストアやインショップも増加している。テーマは小売企業に対して,ある標準モデルを軸としたチェックリストアプローチではなく,自社が顧客に訴求するテーマをデザインし,それを基に,環境要因を組み立てる事を進める。近年,小売研究において顧客の認識する現実により近い,ホリスティックな方法で小売環境を捉えることが要求されており,そこでは個々の要素の集合としてではなく,全体として構築されるのがテーマである(Diamond et al., 2009)。テーマは消費者の印象と物理的構造物とをつなげるスキーマとしての役割を担う(Pine & Gilmore, 1998)。すなわちテーマとは,ブランド・イメージを具体的な小売環境へと翻訳する役割を担う小売企業の指針を示す。Pine & Gilmore(1998)は,どのようにテーマを定義づけるかによって,顧客経験のあり方は大きく変わることを主張する。特に小売店では,さまざまな商品の取り揃えやサービスの組み合わせを店内の環境において1つの経験価値としてまとめるためにテーマが重要となる。
テーマのデザインにあたって留意するべきことがいくつか存在する。テーマは経験価値を演出する企業の事業ブランドのパーソナリティーと合致していなければならない。テーマが企業のパーソナリティーに一致しなければテーマは不誠実に見え,経験を改善するどころか肝心の経験から人々の関心を逸らしてしまう。簡潔で人を惹きつけるようなテーマでなければ,効果は期待できない(Pine & Gilmore, 1998)。
経験価値を演出するという点においては,レストランなどの外食産業は,小売業よりも一歩先に出た取り組みが見られる。Hard Rock CafeやRainforest Cafeなど,テーマ性をもって飲食の環境を演出する企業は多く存在している。そもそもレストラン文脈と小売文脈では経験への没入の度合いが異なるという点の違いもあるが,テーマのデザインについてはこうしたサービス業を中心とした他業種の文脈の研究から適用できることもある(Foster & McLelland, 2015)。
テーマはブランドから生まれる小売環境のデザインへの指針を与えるものであり,時代に合わせて変化をつけることや,ストーリー性を持たせ継続的に展開を進めていくこと,また,テーマ自体を抜本的にリデザインすることが可能である。テーマの刷新によって,アトモスフェリクスをより機動的に,かつ改善の積み重ねを蓄積していくことができるようになる。
5 アトモスフェリクス研究における課題
現在まで,小売研究の中でも,店内環境やアトモスフェリクスに関する研究は継続的に行われてきていた。こうした小売環境要因は,現在アトモスフェリクス研究として,店内環境や雰囲気の要因だけに注目するのではなく,店内の社会的要因(従業員と顧客,顧客と顧客),または人と人との関係性における空間や環境の影響などを含む概念へと進化させ,研究を進めていく必要がある。本稿では,小売企業の競争激化とそこにおけるリテール・ブランドの一要素としてのアトモスフェリクスの有用性を述べ,これまで蓄積されてきた研究について整理を行った。また,小売店におけるテーマの重要性やその演出についても触れてきた。小売環境を中心とするアトモスフェリクスの影響力は,技術環境の進化にも関係が深く,今後もまた小売実践としての活用範囲が拡大していくことが十分に予測され,より多くの研究が求められる。
最後に,今後のアトモスフェリクス研究における道標として3点を示すことにしたい。(1)消費者行動研究としてのアトモスフェリクス,(2)実践としての小売テーマの演出,(3)社会的要因としてのアトモスフェリクスである。
5.1 消費者行動研究としてのアトモスフェリクス
小売店における消費者行動として,消費経験を明らかにする試みは現代でも取り組まれているが,Donovan & Rossiter(1982)によって活用されることに始まるMehrabian & Russell(1974)モデルによるアプローチをベースとする研究が多く,店内の環境による刺激(S)が顧客の内部状態(O)に影響し,接近・回避という行動(R)を導くという考え方においてほぼ共通している。これらの部分に関して,より多様なモデルによるアプローチを試みることによって,新たな知見を得ることが必要である。
5.2 実践としての小売環境のテーマ性の構築
本稿では,小売店への指針となるテーマをデザインし,それらをより具体的な環境要因の組み合わせの設計図として包括的にデザインすることにより,より一貫性のあるアトモスフェリクスを構成することの重要性を述べた。これによって,それぞれの要素のより強力な一貫性と,チェックリストアプローチの欠点である標準モデルとの比較に囚われず,小売環境をデザインすることが可能となる。そこで,理想的なテーマを設計するためには,どのようなフレームを活用することがより有効であるのか?より戦略的で実践的なテーマ設計手法について,さらに考察を進めることは重要である。
5.3 小売マネジメント研究としてのアトモスフェリクス
小売環境は顧客サービスや買い物体験を通じた多くのインタラクションの可能性をも持つ場である。より良くデザインされた小売環境は,消費者の五感や身体を通じたブランドの意味やブランドの世界観の認識およびその創造を向上させるインタラクションを導くことができる。これらは商品に実際に触れ,商品について販売員に質問をし,またほかの顧客との談話をするといった店内における社会的要因による役割が大きい範囲であることが考えられる。こうした従業員と顧客,顧客と顧客,といった店内でのインタラクションを基礎として,小売店と顧客とのブランド・リレーションシップの向上を導くことの重要性がある。
Verhoeh et al.(2009)は,小売経験の要素として,社会環境,サービス接点,小売店の雰囲気,品揃え,価格,他のチャネルでの顧客経験,リテール・ブランド,過去の顧客経験などに加えて,購買の状況媒介変数,顧客の媒介変数とした要素によって概念モデルを作成した。彼らをはじめとする研究者は,特に小売店内の社会的要因の重要性を特に強調している。本稿では,特に小売店を中心とした環境要因の重要性を認識した上で,これまでの先行研究を整理してきた。今後,社会的要因の重要性を踏まえた上での小売環境の調査が重要となる。
社会的要因は,店内における従業員および他の買い物客との関係が含まれる。従業員とのインタラクションは,顧客の感情形成にとって非常に重要であり,より親しみがあり,知識があり,気の利いた対応が望まれる。Bitner(1990)の研究によると,サービスの失敗が生じた時,専門的でなく統一されていない服装を着た従業員がいる環境では,顧客の店に対する不満に影響を及ぼすことがあることが明らかとなった。顧客がより店に対する好意的でポジティブなイメージを形成するために,従業員の役割の大きさも忘れてはならない。従業員がより親しみがあり,知識があり,有用であれば顧客のイメージは大きく改善される可能性が高い。サービスを価値共創として認識すると,経験価値の共創プロセスでは店舗従業員と顧客の双方が経験価値創造の主体である(近藤,2013)。近年,小売研究においても,サービス研究の知見が取り入れられ,サービス・ドミナント・ロジックに関する議論との交差も見られるようになった。小売企業の提供価値をサービスという視点で捉え直すと,小売企業の提供するサービス価値の一要素として,こうした従業員を中心とする,社会的要因およびインタラクションを創造するためのアトモスフェリクスの構築は今後も重要となっていくことであろう。
1) アトモスフェリクスは,
Kotler(1973)によって導入された概念であり,アトモスフィア(atmosphere:雰囲気)や環境(environment),周辺環境(ambient)を含むものであり,それらは物理的環境だけでなく,人と人との間のパーソナル・スペースなど社会的空間を包含する。
2) リテール・ブランドとは小売企業を属性的な視点だけではなく,店の雰囲気や品揃え,商品の見せ方,及び購買に関わるプロセス全体を含めたホリスティックなブランドとして捉えられる。
3) 接近行動とは,店に長く滞在し,買い物を楽しみ続ける意欲をともなうものであり,回避行動は店を退出することや,再来店しないことを伴う反応を含む。
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