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品揃え形成における投機的局面と延期的局面
高嶋 克義
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2018 年 2 巻 1 号 p. 13-21

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Abstract

品揃え形成において投機的局面と延期的局面のどちらを重視するかという問題は,小売商が品揃えを決定するときに,供給条件を重視した意思決定になるのか,それとも消費者の需要を重視した意思決定になるのかを表すものである。そして,投機的局面や延期的局面を重視することで蓄積される知識は,在庫形成の投機化と延期化に対応し,それぞれにおける競争優位をもたらすことが導かれる。さらに,投機的・延期的局面に関わる行動は,小売商が形成する品揃えを特徴付けることが説明される。

1  品揃え形成による売買の集中と投機的・延期的局面

商人が生産者から独立して存立する根拠として,商人による品揃え形成機能がある。すなわち,商人は,生産者から独立した存在として多数の商品の供給者から多様な商品を買い集めて品揃えを形成することで,多数の消費者を商人のもとに引きつけることになる。また,生産者が消費者に直接販売するのではなく,こうした品揃えを形成する商人を利用するのも,多くの消費者が品揃えに引きつけられているために,商品の需要者を容易に見つけることができると期待されるからである。このように商人が品揃えを形成するとき,多数の売手・買手との取引が集中することになり,この売買の集中を通じて,商品流通の社会的な費用が節約されることになる(森下,1977風呂,1968)。

したがって,この売買の集中というのは,ある場所に商品の売手と買手が集い,偶然に出会うことで,双方が取引相手を効率的に探し出せるという意味ではなく,商人が企業の行動として異種・同種の商品からなる個別的品揃え(石原,2000高嶋,1999)を形成して,買手を吸引することで,多数の商品の売手と多数の商品の買手との取引を容易にすることとして理解される。このことを小売商で説明するならば,小売商がさまざまな卸売商や生産者から商品を仕入れて,陳列し,消費者は,取り揃えられた商品の集合において効率的に多様な商品を買い揃えたり,好みの商品を見つけ出したりすることを期待して,小売商の店舗に訪れることになる。この一連の過程を小売商の行動として捉えるなら,まず多様な商品を取り揃えるという「売り」の集中を先行的に行い,それが「買い」の集中につながるという順番になっている。

それに対して,消費者から需要情報を引き出して,その情報に基づいて商品を調達する場合や消費者から注文された商品を小売商が取り寄せる場合のように,小売商が「買い」を集めることを先行させる場合もある。また,「買い」の需要情報を集めるという意味では,近年の情報技術に基づいたPOS(販売時点)データを詳細に分析して,消費者の需要を予測して発注を行うことは,品揃えに関わる意思決定において「買い」の情報を集めることに比重を置いていると理解できる。

ただし,小売商の行動として「売り」と「買い」のどちらかを先行させるとは言っても,小売商は継続的に小売事業を行うため,(1)多様な商品を取り揃えることで消費者を吸引する,(2)消費者から需要の情報を引き出して,その情報に基づいて多様な商品の集積を形成するという2つの行動を循環して行うことを考えるなら,どちらを先行するかは,さほど重要な意味を持たないようにも見える。すなわち,小売商が「売り」の集中から「買い」の集中を導いたとしても,次に,その集まった消費者の需要情報に基づいて商品を仕入れ,その商品の集積が消費者を吸引するという循環を形成するならば,「売り」と「買い」のどちらの集中を先に行うかは,違いがないように見えるかも知れない。

しかし,本論では,この違いに注目し,小売商がどちらかを優先して考えるという傾向が,仕入と販売に関わる知識の蓄積を通じて,競争優位の構築様式や小売業態の特徴を大きく変えることを説明しようとするものである。

そして,小売商が品揃え形成の意思決定において,「売り」の集中を形成すべく,多様な商品を取り揃えることを優先的に考える傾向がより強いことを,先行的に品揃えの在庫形成を行うという意味から,品揃え形成の投機的局面を重視すると捉えることにする。これは小売商の意思決定において,まず販売すべき商品を取り揃えることを先行的に行い,その集められた商品の集合を与件として,消費者を吸引して商品を販売する方法を調整することを意味する。すなわち,品揃え形成の意思決定の前提条件としての「売り」の集中があり,それを与件として,「買い」の集中を考えることが,品揃え形成の投機的局面を重視した行動ということになる。

それに対して,「買い」の集中として,消費者の需要情報を収集することを優先的に考え,その需要情報を集めてから品揃えを形成する傾向が強いことを,消費者の需要に品揃えの在庫形成を近づけるという意味から,品揃え形成の延期的局面を重視すると捉えることにする。この延期的局面を重視するというのは,小売商が集めた消費者の需要情報を与件として,小売商の仕入活動のほうを調整するということになる。

この品揃え形成における投機的・延期的局面の重視が,なぜ前述のような小売商における品揃え形成の循環的な意思決定によって平準化されないのか,すなわち,一方の局面の重視が他方の局面の有用性をもたらして,相互に強化することにならないのかについては,次の2つの理由が考えられる。

まず,品揃え形成における投機的・延期的局面の重視は,在庫形成の投機・延期と関連した行動であるために,小売商が在庫形成の投機化や延期化を選択することが,品揃え形成において,投機的局面や延期的局面のいずれかの重視をもたらす可能性が高いと考えられる。

もう一つには,投機的・延期的局面の重視は,それぞれの局面重視に適合した小売商の仕入・販売活動の特徴を規定し,一方の局面重視で規定される仕入・販売活動の特徴は,他方の局面重視から規定される行動とは大きく異なるために,両方の局面重視は仕入・販売活動の選択において制約されると考えられる。

2  在庫形成の投機・延期と品揃え形成の投機的・延期的局面との関係

小売商の品揃え形成の意思決定において商品を取り揃える局面を投機的局面,消費者の需要情報を収集することを延期的局面と考えたとき,各局面の重視が,投機的・延期的在庫形成と密接な関係があることを説明しよう。

まず,Bucklin(1965)が概念化し,その後の多くの研究で展開された在庫形成の投機と延期の考え方は,同じ商品(群)に関する在庫の量的な課題を扱うものであった(高嶋,2010)。たとえ品揃えを形成するとしても,その商品構成は変わらないことを前提としたのであり,Alderson(1957, 1965)の用語で言えば,品揃えのうちの集積と配分に関して,待ち時間やロットサイズによる商品流通の費用の最適化を考えるものである(Bucklin, 1965; Bucklin, 1966)。

このようなBucklin(1965)の在庫形成の投機・延期の理論モデルに対して,その基礎にあるAlderson(1957)の品揃え形成の延期は,異種の商品の編成に関する品揃え形成の場所と時間に関わる問題を提起し,品揃えのうちの集積と配分だけでなく,仕分けと取揃えを含むものである(加藤,2006)。すなわち,Bucklin(1965)では,単に投機という概念を付加しただけではなく,品揃えに関する流通費用の問題を同じ商品(群)の在庫形成における費用問題に捉え直すことで,費用の条件を揃え,その最適化に基づく合理的な在庫形成の意思決定という問題を捉えることができるようになったのである(高嶋,1994高嶋,2010)。

こうして在庫形成の投機と延期という概念は,現代の流通革新における多頻度少量配送の流通システムを説明する有力な概念となることができたと言えるが,他方で,それゆえに,この理論モデルから品揃え問題を直接的に説明することは難しくなり,例えば,延期的な在庫形成をすることは,頻繁な在庫補充を通じて店頭の在庫を少なくすることができるため,同じ店舗面積に多くの品種の商品を陳列できるという推測を行うことはできるものの,店舗面積も変えられる実際の状況では,品揃えがどう変わるかは分からないことになる。

そこで,在庫形成の投機・延期と品揃え形成の特徴との関連性を考えるために,在庫形成の投機・延期が品揃え形成の投機的・延期的局面の行動といかに関連し,その行動が小売商の品揃え形成にどのような影響を及ぼすのかを考えることにする。本節では,在庫形成の投機・延期と品揃え形成の投機的・延期的局面の行動との関連性から考えてみよう。

まず,小売商が投機的局面を重視するときには,小売商は商品の需要状況よりも供給状況を考慮して,品揃えの意思決定を行うことになる。この場合に小売商が需要状況よりも供給状況を優先的に考慮するのは,その行動を通じて蓄積される知識に基づいて,より魅力ある品揃えを形成できるからと考えられる。すなわち,商品の仕入先を見つけたり,仕入先との関係を構築したり,交渉を有利にすすめたりするための知識が小売商に蓄積されることで,それがより多くの消費者を吸引する魅力ある品揃えの形成につながると期待されるのである(高嶋,1999)。

そのような知識の中でも,とくに,仕入先の開拓や仕入先との交渉に基づく低価格などの有利な取引条件を確保するための知識が重要になるだろう。つまり,仕入先を選別し,仕入先との交渉において交渉力を発揮できる商品を低価格で調達し,低価格の商品を取り揃えることで,消費者を吸引しようとするのである。

そして,小売商がこのような行動を取るとき,投機的な在庫形成が行われやすい。それは,仕入先との交渉において,大きなロットサイズでの取引による価格引き下げが,売手から提案されたり,売手との交渉を通じて達成されたりするからである。大きなロットサイズでの配送や取引は,規模の経済性から価格引き下げの可能性をもたらすうえに,大きなロットサイズで店舗に納品されることで,売手にとって競争相手を効果的に排除することになるために,売手は低価格を通じた大きなロットサイズでの取引をめざすことになる。したがって,小売商が低価格での商品の調達を追求することは,大きなロットサイズでの配送になりやすく,在庫形成の投機化と結び付きやすいと考えられる。

さらに,仕入先に関する知識は,このような低価格での調達だけでなく,新規性のある商品の探索や調達においても蓄積される。すなわち,小売商は新規性のある商品を取り揃えることができるようになれば,消費者がそのような商品に接触することで自らの潜在需要に合った商品を発見し入手できるという期待を持つために,多くの消費者が吸引されるのである。

ただし,新規性のある商品というのは,小売商にとっても取扱い経験が少なく,それゆえ延期的局面を重視した需要予測が困難になる。しかも,迅速で頻繁な供給体制を構築できるのは,その商品が市場において安定的に売れるようになってからであるが,そのような段階では新規性が薄れて,競合する小売商も追随することになるため,品揃えの差別化には貢献しない商品となってしまう。そこで,新規性のある商品で品揃えの差別化を構築するためには,不十分な供給量の段階において,小売商はいち早く投機的な在庫形成を行うことが必要になる。

他方で,小売商が品揃え形成の延期的局面を重視するときには,消費者の需要情報を収集して,品揃えの意思決定を行い,その商品を調達することになる。この需要情報の収集というのは,現代の小売業では,過去の顧客の購買行動から需要を予測することになるが,このとき消費者への販売データに基づく延期的な在庫形成が行われる可能性が高くなる。

延期的局面を重視して得られた消費者への販売データは,時間が経過するほど市場環境が変わり,予測可能性が低くなるため,できるだけ迅速に配送されることが必要である。また,多頻度の在庫補充を行う延期的な在庫形成では,その補充のための多頻度の発注情報が小売商から発せられる。したがって,品揃え形成における延期的局面の重視は,在庫形成の延期化のための情報処理において必要な条件となっている。

さて,これまで述べてきたように,投機的局面の重視は投機的な在庫形成に対応し,延期的局面の重視は延期的な在庫形成に対応すると考えられるが,投機的・延期的局面の重視が在庫形成の投機・延期において,つねに表れるわけではなく,また投機的・延期的局面の行動が在庫形成の投機・延期の行動的特徴を説明しただけということでもない。

というのは,前述のように,投機的局面を重視するとき,投機的な在庫形成が有効になると考えられるが,その逆に,投機的な在庫形成が行われている状況において,小売商が投機的局面を重視した行動を取るかどうかは,小売商の裁量や能力格差があり,投機的局面を重視しない行動をとる場合もありうる。

また,投機的局面の重視は,後述するように,在庫形成の延期において,そのデメリットを縮小するために要求されることも考えられる。すなわち,在庫形成の延期は,品揃え形成の延期的局面を重視する行動の可能性をもたらすが,その一方で,投機的局面における調整の必要性も高める場合もある。

したがって,品揃え形成の投機・延期的局面と在庫形成の投機・延期とは,関連性があると推測されるが,表裏一体として捉えられるものではないと言える。このことから,在庫形成の投機と延期の考え方から最適な水準が選択されると想定するにもかかわらず,品揃え形成における投機・延期的局面の重視を通じて,行動の多様性がなぜ,どのように発生するのかを説明することができるようになる。

3  投機的局面を重視する小売商の行動と品揃えの特徴

店舗を構える小売業では,先行的に在庫を形成して,消費者の来店を待つことになり,その一方で,消費者への販売情報を処理する能力に限りがあるため,小売商は多かれ少なかれ投機的局面に偏る傾向があるが,そのなかでも品揃え形成の投機的局面をとくに重視するとき,仕入活動や販売活動において,次のような特徴が表れると予想される。

まず,仕入活動について言えば,前述のように,低価格などの有利な条件で商品を調達することや消費者にとっての新規性があるような商品を探すことが,投機的局面を重視することの具体的な内容になる。

そして,それらの行動は,小売商に商品の供給業者との関係に関わる知識の蓄積を促すことになる。すなわち,低価格の商品や新規性のある商品の売手を探索・選別し,彼らに対する交渉力を発揮するといった商品の供給源やそれらとの交渉に関する知識を蓄積し,その知識が蓄積されるほど,消費者を吸引するうえで有効な商品が集められることにつながる。ただし,売手の探索・選別や交渉力の発揮のためには,仕入先との関係を条件によって柔軟に切り替えることが求められ,後述する延期的局面を重視する場合に比べて,長期継続的な取引関係になりにくい可能性がある。

さらに,小売商が品揃え形成の投機的局面を重視するとき,このような特徴を持つ仕入活動によって集められた商品の集積を前提とした販売活動が展開されることになる。すなわち,消費者の需要が概略的にしか捉えられず,商品の仕入先の探索・選別や交渉に関わる供給条件に基づいて品揃えが形成されるために,店舗の品揃えや在庫量が消費者の需要とは必ずしも一致しないという問題がある。そうした需給ギャップの問題に対処するために,小売商は,販売価格や販促努力を通じて,商品在庫を売り減らし,在庫リスクを処理することが求められる(石原,2000)。つまり,需給のギャップは,形成された品揃えを前提として,価格や販売方法の変更によって調整され,販売する過程における価格の引き下げ,追加的な販促努力,陳列方法の修正などが積極的に行われることになる。したがって,松田(2017)に示されるような小規模青果物小売商における「ザル盛り」「組み替え」などの陳列方法や「声出し」「声かけ」といった販促方法は,投機的局面を重視した小売商に典型的に見られる手法であると推測できる。

さて,投機的局面を重視して,こうした仕入活動や販売活動が展開されるとき,その状況下で形成される品揃えは,次のような理由から変化しやすい特徴を持つと考えられる。

まず,商品の供給条件に基づいて品揃えが決定されるために,仕入先の競争や交渉による影響を受けやすく,それらに伴って品揃えが変化する。しかも,前述のように,商品の新規性を求める場合には,品揃えは小売商によって意図的に変えられることになる。さらに,商品の供給量も競争や交渉の影響を受け,消費者の需要に必ずしも対応せず,商品に対する需要が大きくても供給条件によって補充されるとは限らないために,時間が経つほど,欠品の多い品揃えになったり,別の商品が追加されたりして,品揃えが時間とともに変化する。

では,このように変化しやすい品揃えが形成されるとすれば,その品揃えが買手を吸引するというのは,どのようなことになるのであろうか。言い換えれば,不安定に変化する品揃えに,買手はなぜ引き寄せられるのであろうか。

そもそも売買の集中として,買手を吸引する品揃えというのは,時間的に変化する店頭の品揃えのある時点における状態のことではない。たまたま消費者が店舗の前を通りかかり,品揃えを見て,引き寄せられることはあるとしても,継続的な小売業では,消費者が過去の購買経験などから,その店舗の品揃えの状態をイメージして,その品揃えに対する期待から店舗に足を運ぶことが一般的であると言える。

そのように理解するなら,小売商が投機的局面を重視した仕入活動を行うとき,変化しやすい品揃えになることを消費者は経験から理解するため,消費者の期待した特定の商品が入手できない可能性があり,抱く品揃えのイメージも曖昧で不確かなものになるだろう。そこで,投機的局面を重視する小売商は,不安定な品揃えという制約された条件のもとで,消費者を店舗に引き寄せる特徴を備えることが求められる。それが,前述の商品の低価格や新規性になる。

まず低価格について言えば,消費者が商品の入手において負担するのは,商品を買い揃えたり,探索したりする消費者費用だけではなく,商品の価格を含めた負担であるために,低価格の商品が入手できるという期待は,消費者を店舗に吸引する要素になる。ただし,消費者費用というのは,消費者の商品選択や店舗選択にとって大きな比重を占める要因であるために,低価格というだけで買手を吸引することは難しく,また買手が店舗に来てからどのような商品がいくらで買えるかを知るということでは,店舗に偶然に来た消費者しか集められず,売買の集中を形成しにくい。

したがって,小売商は,品揃えとして,どのような商品がいくらで買えるかというイメージを買手において形成することが消費者を吸引するために必要になる。ただし,不安定な品揃えであるために,このイメージは,特定の商品の価格が低いというイメージではなく,ある商品カテゴリーにおいて低価格の商品があり,消費者がその店舗において,代替的な商品を含めた望ましい商品を見つけ出すことができるという期待をもたらすことになるだろう。生鮮食品を例にすれば,消費者は,その店舗に行けば,夕食にふさわしい何らかの食材を低価格で調達できるという期待から,消費者は店舗に引き寄せられることになる。

そして,供給状況に合わせて商品を調達することで,この価格の低さを重視した仕入活動が展開できるとともに,販売活動において,低価格の訴求だけでなく,来店した消費者とのコミュニケーションを取ることで商品の提案を通じた販促活動を行うことが重要になる。

また,商品の新規性については,新規性ゆえに消費者が事前に認識することは少なく,消費者が店頭で商品を見ることで,彼らの潜在需要が確認されることになる。この場合には,消費者は,ある特定の店舗に行けば自分の潜在需要を確認できるという期待のもとに店舗に引き寄せられる。ただし,消費者の潜在需要は,消費者が表現しにくいものであるために,消費者からの需要情報の収集で探ることは容易ではなく,小売商が開拓した新規性のある商品を品揃えとして消費者に見せることで,潜在需要を確認できる可能性が高いという期待を抱かせることになる。すなわち,店舗の品揃えというのは,そのような期待をもたらすものであると言える。

このように考えると,投機的局面を重視する場合には,商品の供給状況に基づいて,低価格を利用した仕入や新規性のある商品の確保を志向することから,小売商が形成する品揃えは,低価格への期待や商品を見ることで認識される潜在需要の確認への期待を消費者にもたらすものになる。それは,安定的に供給されず,価格も安定しない商品であったり,消費者にとって未知の新商品であったりするために,消費者が安定的な需要を示すものではない。それゆえ,消費者の過去の購買データを分析して,そこから需要の予測を導くことは難しいために,買手の需要は,総量や全般的な傾向でしか把握されず,投機的局面における仕入活動や販売活動の知識を蓄積することで,小売商としての優位性や存続を図ることが選択されると予想される。

すなわち,投機的局面を重視して集められた品揃えが買手である消費者を吸引するとしても,その集まった消費者の需要を分析するという延期的局面の重視の行動を強化する行動が制約されることになる。投機的局面と延期的局面の重視が循環して相互に強化されて,一方だけへの偏りが解消されるということが,実際には起きにくいのは,こうした変化しやすい品揃えに基づく小売商の行動が影響していると考えられる。

4  延期的局面を重視する小売商の行動と品揃えの特徴

前述のように店舗販売を行う小売業は,先行的に在庫を形成して,消費者の来店を待つという投機的局面を重視する経営が基本になるが,近年の情報技術の発達は,消費者の需要情報を収集して,それに基づいた品揃えを形成するという延期的局面の重視の可能性をもたらすことになった。

具体的には,第一に,消費者への販売データの分析から消費者の需要を詳細に予測することが求められる。そして第二に,その予測した時点と商品が納品される時点とが乖離していると,その間に環境が変化して,予測が外れる可能性が高くなるために,迅速に商品が納品されることが必要になる。したがって,小売商における情報技術の導入を通じて,需要予測と迅速な在庫補充の二つが可能になったことが,延期的局面の重視を可能にするのである。このことは在庫形成の延期化が延期的局面の重視の背景にあることを意味する。

そして,小売商が延期的局面を重視するとき,仕入・販売活動において,次のような特徴が表れると予想される。まず,仕入活動については,収集された消費者の需要情報に基づいた店頭の在庫形成を行うことが優先される。したがって,品揃えに加える商品を選定する際に,最も重視されるのは過去の販売データから需要が予測されるかどうかであり,投機的局面で考慮されるような仕入先との取引条件の有利さは優先されない。つまり,投機的局面で述べたような低価格の商品や新規性のある商品の売手を探索・選別したり,彼らに対する交渉力を発揮したりするよりも,むしろ,需要が予測されるような販売実績のある商品について,予測に見合った数量を迅速かつ多頻度で店舗に配送することを仕入先に求めやすい。また店頭在庫において欠品が発生すると,販売機会損失を把握できず,販売データから次期の需要予測が導けないために,予想以上に販売された商品については,迅速に店頭の在庫を補充することも重要になる。

そこで,仕入活動では,仕入先との取引関係は安定的に維持させることが重要になる。それは第一に,延期的な在庫形成のための物流システムや情報システムを仕入先との間に構築するうえで,仕入先が物流システムや情報システムに投資させることが必要となるが,取引関係が不安定であれば,その投資を確保できないからである。第二に,消費者の需要予測を重視するというのは,その予測に基づいて品揃えを変更させることはあっても,供給条件に基づいて仕入先を頻繁に入れ替え,取扱商品を変化させることは,予測しづらくする原因となると考えられる。つまり,品揃えが安定化し,消費者が取扱商品についての事前に想定できるからこそ,取扱商品の販売データから商品に対する需要を予測し,またその予測から消費者の購買が乖離する危険性が低くなると予想される。

次に,販売活動については,消費者への販売データを収集して詳細に分析することが重要になるが,これはPOSデータを使った情報システムの導入によって達成される。そして,投機的局面を重視する場合とは異なり,販促や価格設定に関する知識の蓄積は進みにくいと推測される。それは,投機的局面重視の場合のように,供給量を需要量の刺激で調整するという形ではなく,需要量に見合った供給量という条件のもとで,販促活動や販売価格の調整が行われるため,それらが動機付けられにくいからである。

そして,延期的局面を重視することが,小売商における品揃えの特徴をどう規定するのだろうか。そこで考えられるのは,品揃えを変化の少ない安定的なものにすることである。

まず前述のように,消費者は店舗の訪問前に実際の品揃えを知ることは難しいため,その品揃えを推測して店舗を訪れるかどうかを決めている。他方で,販売され品切れが起きるなら,その在庫が補充されない限り,店舗の品揃えは時間の経過とともに変化することになる。

そのため,もし小売商が少ない頻度でしか在庫を補充しなかったり,追加されるのが他の商品であったりすれば,消費者は訪問時の品揃えを正確に予測することが難しくなる。したがって,投機的局面を重視する場合には,消費者は,その正確さよりも低価格や新規性を期待することになる。それに対して,延期的な在庫形成が行われる状況では,在庫が補充されて品切れが少ないために,消費者は,過去の購買経験から実際の品揃えを推測しやすく,また,そのことから特定の商品を入手するために店舗を訪れる可能性も高くなる。したがって,変化が少ない安定的な品揃えを形成することで,消費者の購買行動も安定化しやすく,それは,消費者の需要を予測しやすくすることに貢献するだろう。つまり,品揃えの安定化は,延期的局面を重視した品揃え形成と整合的であると考えられる。そして,品揃えの変更はマイルドとなり,その安定的な期待によって,顧客を吸引することができる。

しかも,こうした品揃えの安定性は,先に述べた仕入先との取引関係の安定性とも整合的である。まず,品揃えにおいて商品の入れ替えが頻繁に行われないというのは,仕入先との取引関係を安定化させることになるだろう。その一方で,取引関係が安定すれば,迅速で多頻度の補充を行うための物流システムや情報システムへの投資が仕入先において促されるため,それは品揃えにおいて欠品が少ないという意味での品揃えの安定性ももたらされる。

さらに言えば,ブランド・ロイヤルティが確立されている商品になるほど,消費者の需要が大きいことに加えて,他のブランドに切り替わる可能性が低くなるために,こうした商品ほど需要の予測可能性が高いと考えることができる。とすれば,品揃えの安定性は,ブランド・ロイヤルティの高い商品によって強化されると考えられる。しかも,こうした商品の生産者は,物流システムや情報システムへの投資能力が高いと予想される。したがって,品揃えに含まれる商品の特徴としては,安定性に加えて,市場シェアにおいて上位を占める有力な製造業者の生産する商品の比重が大きくなるという特徴も推測される。

このことから,品揃え形成の延期的局面を重視する小売商が支配的になれば,品揃えにおいて有力なブランドの商品の比重が増し,市場シェアで下位の生産者の商品が扱われにくくなると推論できる。したがって,社会的品揃えの網羅性は,投機的局面を重視する小売商が多い状況のほうが,こうした絞り込みが発生しないために確保されやすいと言える。つまり,小売商が消費者の需要を捉える延期的局面を重視するほど,一見,需要を反映して品揃えの多様性が得られやすいと思われるが,むしろ,多様性が制約されると考えられるのである。また,延期的局面重視の可能性をもたらす在庫形成の延期化と関連付けるならば,在庫形成の延期化は,品揃えの多様性を抑えることになると言い換えることもできる。

そして,このように延期的局面重視による品揃えの網羅性が限られることから,延期的な在庫形成を行う小売業態が,小売市場において競争優位を確立したとしても,投機的局面を重視する小売業態が品揃えにおいて差別化したり,下位の市場シェアのより低価格の商品を扱うことで,価格競争で優位に立てたりする可能性をもたらすことも考えることができる。

5  競争優位の構築と延期的・投機的調整

在庫形成の投機・延期化は,流通費用の最適化行動として捉えられる概念であるために,投機化や延期化の選択だけでは,小売企業の持続的な競争優位を説明することができない。環境変化に対応して,投機化や延期化を通じて流通費用の削減を達成したとしても,他の小売商が追随すれば,その優位性は解消されるからである。

そこで,投機化や延期化に基づいて小売商が競争優位を確立するためには,他の小売商が追随できない能力が必要になる。これまで説明してきた投機的・延期的局面を重視する行動とは,在庫形成の投機化・延期化と関連しながら,各局面に関する知識の蓄積をもたらすものであるため,小売商が投機化や延期化で競争優位をいかに構築するのかをこれらの局面に関する行動から導くことができる。

在庫形成の投機化について言えば,投機化の状況において,小売商が品揃え形成の投機的局面を重視することが促され,それに適合する仕入活動や販売活動に関する知識の蓄積をもたらすが,その知識を有効に蓄積できた小売商は,投機化における競争優位を確立することができると理解される。同様に,在庫形成の延期化についても,小売商が品揃え形成の延期的局面を重視する条件が満たされ, 仕入活動や販売活動の知識が蓄積できれば, 延期化における競争優位が得られると考えることができる。

ただし,ここで留意しなければならないことは,在庫形成の投機・延期と品揃え形成の投機的・延期的局面に関わる行動が表裏一体の関係にはないということである。まず,知識の蓄積について小売商間の格差があるというのは,在庫形成の投機・延期が品揃え形成の投機的・延期的局面に関わる行動と必ずしも一致するわけではないことを意味する。在庫形成の投機化・延期化において,十分に投機的・延期的局面を重視できない小売商や知識の蓄積で劣る小売商がいるからこそ,持続的に競争優位が形成されるのである。

さらに,投機的・延期的な在庫形成が行われている状況において,反対の方向での,延期的・投機的局面にも配慮する行動が発生し,その知識の蓄積が競争優位をもたらす場合もある。それが起こるのは,投機的局面や延期的局面の一方を重視した行動から,仕入・販売活動の知識が蓄積される過程が組織内で確立されると,蓄積された知識に基づいて,ますます多くの知識が獲得できるようになり,その蓄積が進んだ知識に基づいて,一方の局面の過剰な重視が発生するからと考えられる。

投機的・延期的局面の重視は,在庫形成の投機・延期のような費用最適化をめざす選択ではないために,こうした過剰な傾向が表れやすく,その是正は,反対の局面に関する行動を行うことを戦略的に選択することで可能になる。このような是正を延期的調整・投機的調整と呼ぶことにしよう。

とりわけ,現代的な課題として,延期的な在庫形成が行われている状況において,投機的局面を重視した行動を取ることが戦略的に重要になる場合がある。

まず,在庫形成の延期化に基づく消費者の需要情報の取得とは,消費者への過去の販売データからの予測である。延期化による在庫補充が迅速に行われるために,その予測が実際の需要と乖離する危険性は低く抑えられるものの,その予測の正確性には限界がある。そこで,延期的局面を重視する場合には,需要の変動が少ない商品を扱うことで,需要予測の正確性を確保し,それによって在庫リスクを抑えて利益を確保しようとする傾向が強くなる。

このことは消費者にとって期待した商品を品揃えの中に見つけられるために,消費者の購買行動の安定化をもたらし,それが仕入先との関係の安定化に基づく在庫形成の延期化を促すことになるが,他方で,消費者にとっての新規性がない商品であるために,品揃えの差別化が形成しにくいという課題に直面することになる。しかも,消費者への販売実績に基づいて品揃えを決定し続けると,新規性のある商品を品揃えに取り入れる経験が不足し,知識が蓄積されないために,新規性のある商品の在庫リスクが過大に評価される傾向も生まれる。とくにチェーン化した大規模小売商においては,店舗の発注担当者が在庫リスクの受容を避けて,目標達成のために販売実績のある需要の確かな商品の仕入に偏重するという保守的な行動が生まれやすい(高嶋,2010)。

そこで,延期的な在庫形成のもとで延期的局面を重視してきた小売商の中には,新規性のある商品を探して,販売するために,あえて投機的局面に配慮した行動を展開させる場合がある。それは,経営者や管理者が品揃え差別化における問題を認識して,その問題解決のために,発注担当者による延期的局面の過度な重視を抑制し,投機的局面に関わる行動を動機付けることである。

ただし,次の理由から,それは容易なことではない。まず,投機的局面を重視した行動は,延期的な在庫形成とはミスマッチとなるため,需要予測の精度を落としたり,仕入先との関係を不安定にしたりすることで,延期的な在庫形成による費用削減が十分に達成できない可能性が高くなる。そこで,流通効率化と品揃え差別化のトレードオフの中で,担当者の行動を適切に統制できるような目標設定と管理についての洗練化が必要になる。

そして第二に,延期的な在庫形成のもとで延期的局面を重視してきた小売商においては,それらとは不整合な投機的局面を重視する行動を展開する知識が,発注担当者には蓄積されていないという課題がある。その知識が蓄積されていなければ,品揃え差別化で成果を上げることは難しく,失敗のリスクに直面して,保守的な行動に戻る危険性がある。したがって,投機的局面に配慮する行動を導くためには,人材育成や知識管理も考える必要がある。

このように投機的調整については,複雑で洗練された経営手法が必要とされるために,それらが実現できると模倣困難性が生じ,延期的な在庫形成のもとで品揃えの差別化を達成することによる持続的な競争優位が形成されると理解できる。言い換えれば,在庫形成の延期化を取り入れた小売商の競争優位は,延期的局面を重視した行動だけでなく,こうした投機的調整に関わる知識に基づいていると考えることができる。

他方で,投機的な在庫形成のもとでの延期的調整が必要とされる場合も考えられる。例えば,投機的局面を重視するときには,仕入活動や販売活動に関する知識の多くが属人的な能力として蓄積されるものであるために,その人材の育成能力を超えた多店舗展開や店舗規模の拡張は制約されたり,そのような属人的な能力に依存することから,情報システムの導入や活用が制約されたりする可能性がある。そうした課題に対して,延期的調整として情報システムを導入した仕入活動を部分的に組み入れながら,従来からの投機的局面を重視した仕入活動や販売活動の強みを損なわないような体制を構築することが考えられるだろう。こうした投機的な在庫形成のもとでの延期的調整は,生鮮食品の小売業などにおける成長や情報化に関する課題を提起すると言える。

6  結びにかえて

品揃え形成において投機的局面を重視するか,あるいは延期的局面を重視するかという問題は,小売商が個別的品揃えを決定するときに,仕入先の供給条件を重視した決定になるのか,それとも,販売先の消費者の需要を重視した決定になるのかを表すものである。

この投機的・延期的局面の課題は,次の意味で現代的な性格を持つと言える。すなわち,現代における情報技術の発達に伴い,顧客の需要情報を店舗において大量に収集し,細かく管理する能力が高まり,顧客の需要に合わせて商品を集めることを重視する小売企業が登場したことが背景にある。したがって,仮にこの情報技術革新の条件が存在せず,延期的局面の重視が旧態の「ご用聞き」や「取り寄せ」にとどまるものであれば,仕入・販売活動の知識の蓄積は,まったく異なる意味をもつはずである。その意味で,投機的・延期的局面は,在庫形成の延期・投機と同様に,現代の技術的条件のもとで再規定された概念であると言える。

そして,投機的・延期的局面を捉える理論的な意味としては,次の2つを示すことができるだろう。

まず一つは,在庫形成の投機・延期が,品揃えの特徴をどう規定するかを説明することである。すなわち,在庫形成の投機・延期は,同じ商品群についての配送に関わるものであるが,投機的・延期的局面に関わる行動を捉えることにより,品揃えの特徴と関連付けられる。具体的には,延期的局面を重視することは,投機的局面と比べて,品揃えが安定的になる一方で,より制約された網羅性の少ないものになる可能性が推論される。

さらに,この傾向に基づいて付言すれば,EC(電子商取引)において,ロングテールと呼ばれる広く深い品揃えを実現することは,現代の高度な情報技術に基いて消費者の需要情報を処理できるとしても,戦略的には売手側の情報を提示して買手を吸引することを優先し,迅速な在庫補充が行われないという投機的局面の重視に対応したものと理解することができる。

そして,品揃え形成の投機的・延期的局面から導かれる二つ目の意味としては,在庫形成の投機・延期から競争優位性がどのように発生するのかを説明することがあげられる。在庫形成の延期・投機は,流通費用についての合理的意思決定を想定した最適化モデルであり,たとえ一時的な優位性が得られても,追随することで優位性が解消される。そこで,優位性を形成するには模倣困難性という条件が必要になり,それが投機的・延期的能力と呼ばれる組織能力になる(高嶋,2010)。

その組織能力は,在庫形成の投機化に対する投機的局面,延期化に対する延期的局面のそれぞれに関する知識の蓄積と,投機化における延期的調整,延期化における投機的調整という抑制的な方向での知識の蓄積の2つの方向で形成されると考えられる。つまり,これらの知識の複雑性から,模倣困難性が発生し,小売商の持続的優位性が説明されることになる。

さらに,こうした知識の蓄積は,仕入・販売技術に関連することから,小売業態の特徴を規定することにもなる(石原,1999石原,2000)。とりわけ,同じ業態内での競争にも関わらず,小売業態の外延が広がらないとすれば(高嶋,2007),各局面における仕入・販売技術の相互関連性が,小売業態の特徴を規定し,競争による拡散を制約するためと考えられる。

参考文献
 
© 2018 日本商業学会
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